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| 【今週の聖書日課】 | |||||
| 神様は約束通り、アブラハムの子、ダビデの子として救い主イエス・ | |||||
| マタイ1:1〜17 | キリストがお生まれになりました。 | ||||
| 主イエスは、処女マリアが聖霊によって宿り誕生されました。その名(創 | |||||
| マタイ1:18〜25 | 2:19)は、「インマヌエル、神は我々と共におられる」です。 | ||||
| 占星術の学者たちは、異邦人であり異教徒でしたが、主によって集め | |||||
| マタイ2:1〜12 | られ、御子の御降誕をお祝いし、主を信じるものとされました。 | ||||
| 主は幼子のイエスさまをエジプトに逃れさせ、ヘロデから救って下さ | |||||
| マタイ2:13〜23 | いました。主は神の子である私たちを守って下さいます。 | ||||
| 洗礼者ヨハネは、イエス様の道を整えるために来られました。そして | |||||
| マタイ3:1〜12 | 人々に罪の悔い改めを説き、洗礼を授けました。 | ||||
| 主イエスも洗礼を受けられました。この時、父なる神様と聖霊なる神 | |||||
| マタイ3:13〜17 | 様の祝福に満たされました。 | ||||
| サタンは様々な仕方で誘惑を仕掛けてきます。しかし御言葉はその答 | |||||
| マタイ4:1〜11 | えを備えて下さいます。自らの知恵ではなく主の知恵に委ねましょう。 | ||||
| 主イエスは福音を宣べ伝え始められました。4人の漁師は、主の召し | |||||
| マタイ4:12〜22 | に聞き従いました。主は私たちを召して下さっています。 | ||||
| 主イエスは、全てを支配される力があり、病気や苦しみ悩む者をも癒 | |||||
| マタイ4:23〜25 | し、救い出して下さいます。信じて祈りましょう。 | ||||
| 「至福(八福)の教え」です。キリストに従う者の内的条件が、召され | |||||
| マタイ5:1〜12 | たばかりの弟子たちに教えられています(祈祷会奨励参照)。 | ||||
| キリストに従う者は、地の塩、世の光です。キリスト者は、存在する | |||||
| マタイ5:13〜16 | だけでキリストを証ししています。全てを照らす光でありましょう。 | ||||
| キリストの十字架により律法は完成しました。律法による救いを求め | |||||
| マタイ5:17〜20 | るのではなく、福音による救いに感謝しましょう。 | ||||
| キリストは、神様と私たちとの和解をなして下さいました。私たちも | |||||
| マタイ5:21〜26 | 敵対する者ではなく、和解する者であり続けましょう。 | ||||
| 犯罪、それは行動のみならず、その様に考えること、心に思うことす | |||||
| マタイ5:27〜30 | らも、神様はご存じであられます。罪の悔い改めが求められています。 | ||||
| 離婚が許されるのは、@配偶者の姦淫とA非キリスト者の配偶者が離 | |||||
| マタイ5:31〜32 | れていく場合のみです(参照:信徒の手引き第二章X)。 | ||||
| 主は約束を果たして下さいます。私たちも契約・約束の誓いは果たさ | |||||
| マタイ5:33〜37 | なければなりません。果たせない約束はしてはなりません。 | ||||
| 「目には目を・・」これはそれ以上の復讐をしてはならないのです。主 | |||||
| マタイ5:38〜42 | は私たちの罪を赦して下さいました。私たちも許し合いましょう。 | ||||
| 主は平和と和解を求めておられます。敵を愛することによりキリスト | |||||
| マタイ5:43〜48 | の愛が、相手にも伝えられていきます。 | ||||
| 主は私たちの全ての行いと心を知っておられます。人前で善き業をし | |||||
| マタイ6:1〜4 | て賞賛を求めるのではなく、主の誉れのために善き業をしましょう。 | ||||
| 私たちの祈りの見本です。主は私たちの祈りを聞き届けて下さいます。 | |||||
| マタイ6:5〜15 | 主に委ね、信じて祈り続けましょう。 | ||||
| 断食を行うのも主のための礼拝行為です。人々に賞賛を得るためでは | |||||
| マタイ6:16〜18 | なく、主の栄光を称えるために行いましょう。 | ||||
| 地上の富・権力は時を経て朽ち果てます。しかし天の富である御言葉 | |||||
| マタイ6:19〜21 | は朽ち果てることはありません。 | ||||
| 世を照らす光は、御言葉によって与えられます。御言葉から離れれば、 | |||||
| マタイ6:22〜23 | 世の罪によって曇り、正しい判断をすることが出来なくなります。 | ||||
| 人間は、神様による祝福を求めるか、自らの富・権力を求めるか二つ | |||||
| マタイ6:24 | しか生き方がありません。永遠である神様を求めて行きましょう。 | ||||
| 神様を求め、神様に全てを委ねて歩みましょう。そうすることにより、 | |||||
| マタイ6:25〜34 | 神様は神の子である私たちの全ての必要を満たして下さいます。 | ||||
| 人の罪を裁くのは神様の御業です。私たちは自分自身にある罪を自覚 | |||||
| マタイ7:1〜6 | し、悔い改め、神様への信仰を日々新たにしていきましょう。 | ||||
| 私たちは全ての必要を神様に求めることが許されています。私たちの | |||||
| マタイ7:7〜12 | お父様であります神様は、私たちの必要を満たして下さいます。 | ||||
| 神様を信じる人は少ないです。しかし皆が行き道が正しいとは限らな | |||||
| マタイ7:13〜14 | いのです。何が真実であり、救いと永遠の生命の道かを見極めよう! | ||||
| 私たちは経験により物の善し悪しを判断することが出来ます。同様に | |||||
| マタイ7:15-20 | 神の善とサタンの悪との判断を御言葉によって行える者でいましょう。 | ||||
| 苦しい時のみ主により頼むのではなく、常に神様が共におられ、守り | |||||
| マタイ7:21-23 | 導いて下さっていることに感謝し、主により頼みながら歩みましょう。 | ||||
| 家の土台として岩盤が必要です。同様に私たちの信仰の土台には御言 | |||||
| マタイ7:24-29 | 葉が必要なのです。御言葉に聞き、御言葉に従って歩みましょう。 | ||||
| 不治の病である重い皮膚病を、主イエスは癒されました。主には不可 | |||||
| マタイ8:1-4 | 能がありません。信じて祈りましょう。 | ||||
| 信仰とは信じることです。疑う者ではなく、百人隊長が主イエスを信 | |||||
| マタイ8:5-13 | じたように、私たちも主を信じましょう。 | ||||
| 主イエスは病人を癒されることにより、主の力と権威を示されました。 | |||||
| マタイ8:14-17 | 私たちの罪という大罪も、主によって癒され赦される必要があります。 | ||||
| 主イエスに従うことは、神様の要求を第一にすることです。主の日に | |||||
| マタイ8:18-22 | 礼拝すること、御言葉と祈りに仕えることが、求められています。 | ||||
| 弟子たちは自分の力量で舟を漕ぎましたが波にのみこまれそうになり | |||||
| マタイ8:23-27 | ました。主イエスは自然をも支配され、自然を従わせられます。 | ||||
| 悪霊は真の神様を知っています。その上で私たちを従わせようとしま | |||||
| マタイ8:28-34 | す。主イエスは、悪霊をも従わせる力を有しておられます。 | ||||
| 主イエスは、人間を支配しておられます。だからこそ主イエスは、罪 | |||||
| マタイ9:1-8 | を赦すことも、病気を癒すこともお出来になられる神様です。 | ||||
| 徴税人は人々をだまして財を蓄え、人々から嫌われていました。しか | |||||
| マタイ9:9-13 | し主イエスは、徴税人マタイの罪を赦し、弟子にしました。 | ||||
| 新しい革袋としてのキリストは既に与えられています。神様からの恵 | |||||
| マタイ9:14-17 | みによる救いを信じましょう。 | ||||
| キリストには人を癒し復活させる力を有しておられます。私たちは、 | |||||
| マタイ9:18-26 | キリストの御力により永遠の生命が与えられることを信じましょう。 | ||||
| キリストには不可能はありません。それは全てを御支配されているか | |||||
| マタイ9:27-31 | らです。キリストの御力を信じましょう。 | ||||
| 主イエスは、全ての者を覚え、深く憐れんでいて下さいます(36)。神 | |||||
| マタイ9:32-38 | 様は私たちを置き去りにされることはありません。 | ||||
| 主イエスは、福音を伝えるために12名を選ばれました。12人は、何も | |||||
| マタイ10:1-15 | 持たず、全てを神様に委ねて福音を宣べ伝えました。 | ||||
| 人は神様を信じる者を迫害します。しかし私たちは体は殺せても魂を | |||||
| マタイ10:16-31 | 殺すことの出来ない者を恐れる必要はありません(28,創世2:7,大教理17)。 | ||||
| キリストを告白する者は、キリストの復活の時、無罪とされ、神の子 | |||||
| マタイ10:32-42 | とされます(32,小教理38)。 | ||||
| 人は、預言者の言葉に従わずあら探しをします。しかし私たちが求め | |||||
| マタイ11:1-19 | られていることは、その働きを見て信じ、従うことです。 | ||||
| 神様は私たちの全てをご存じであられ、私たちが自らの罪を知り、悔 | |||||
| マタイ11:20-24 | い改めることを求めておられます。 | ||||
| 神様は私たちの重荷をご存じであられ、いつでも待っていて下さいま | |||||
| マタイ11:24-30 | す。そして休ませて下さいます。安心して歩みましょう。 | ||||
| 安息日は、私たちの救いのために定められているのであり、私たちを | |||||
| マタイ12:1-8 | 苦しめるためにあるのではありません(小教理60)。 | ||||
| 神様は私たちに安息日に礼拝を献げることを要求しておられます。し | |||||
| マタイ12:9-14 | かし安息日に憐れみの業をなすことは、禁止されてはなりません。 | ||||
| 人々は神様の救いに対して、疑い迷います。しかし神様はそうした人 | |||||
| マタイ12:15-21 | こそ神様による救いを信じることを切に願い、待っていて下さいます。 | ||||
| キリストは悪霊にも打ち勝つからこそ、全てを支配し統治する力を有 | |||||
| マタイ12:22-32 | しておられます。だからこそ私たちにも罪の赦しをお与え下さいます。 | ||||
| 神様は私たちの全てをご存じです。そして私たちの発する言葉により | |||||
| マタイ12:33-42 | 裁かれ、また神様を信じる者は義とされます。 | ||||
| 罪の悔い改めを行い回心しても、神様への信仰がなければ、罪に誘う | |||||
| マタイ12:43-45 | 悪霊は戻ってきて、悪霊の支配を受けることとなります。 | ||||
| キリストを信じる者は、神の御国におけるキリストの兄弟・姉妹・母 | |||||
| マタイ12:46-50 | とされ、霊的にキリストに繋がります。 | ||||
| クリスチャンは既に神の子とされた良い土地に落ちた種を頂いていま | |||||
| マタイ13:1-23 | す。神様によって与えられている収穫に感謝して主に仕えましょう。 | ||||
| 最後に残るのは良い種だけです。毒麦は、最後の審判によって火で焼 | |||||
| マタイ13:24-43 | かれて滅ぼされます(信仰告白8:4,25:5)。 | ||||
| 天の国は、神様によって救われた者のみが残されます。そこは罪のな | |||||
| マタイ13:44-52 | い全く聖くされた場所です(信仰告白25:2,25:5)。 | ||||
| 人間イエスではなく、神の子、仲保者、贖い主である主イエス・キリ | |||||
| マタイ13:53-58 | ストを受け入れましょう。 | ||||
| 娘は母にそそのかされて、ヨハネの首を要求しました。罪をそそのか | |||||
| マタイ14:1-12 | すのは、神様の御前に罪を犯しているのです(大教理130)。 | ||||
| 主は、私たちの日々の食べ物を全て準備して下さいます。主によって | |||||
| マタイ14:13-21 | 与えられている日々の食事に感謝しましょう。 | ||||
| 主イエスは、自然をも支配しておられます。主は私たちの求めを受け | |||||
| マタイ14:22-33 | 入れて下さり、最も良き方法で私たちを導いて下さいます。 | ||||
| キリストを救い主として信じて、キリストの下に来る者は、キリスト | |||||
| マタイ14:34-36 | によって癒され、救われます。 | ||||
| 善悪の規準は、聖書にのみあります。人から言われることに右往左往 | |||||
| マタイ15:1-20 | することなく、聖書の言葉に聞き従いましょう(小教理18,65,72)。 | ||||
| カナン人は異邦人であり、当時まだ福音が示されていませんでした。 | |||||
| マタイ15:21-28 | しかしキリストは、彼女の信仰を認め、娘の病気を癒されました。 | ||||
| 福音はイスラエルから異邦人に広まります。キリストの御力は、異邦 | |||||
| マタイ15:29-31 | 人の中にあっても、病人を癒されることにより表されていきます。 | ||||
| 神様は、私たちに必要な食事をお与え下さいます。飽食の日本にあっ | |||||
| マタイ15:32-39 | て、神様がお与え下さる食事の恵みを忘れてはなりません。 | ||||
| 私たちの周囲には人を惑わす多くの事に満ちています。しかし私たち | |||||
| マタイ16:1-12 | を正しい道へ、救いへと導いて下さるのは御言葉の聖書だけです。 | ||||
| 「あなたはメシア、生ける神の子です」この信仰告白に生きる者が集 | |||||
| マタイ16:13-20 | う所に、キリストにより教会が建てられていきます。 | ||||
| 主イエスは3度、十字架と復活の予告をします(17:22-23,20:17-19)。 | |||||
| マタイ16:21-28 | キリストの十字架に従うことにのみ、救いの希望があります。 | ||||
| モーセは律法の指導者の代表、エリヤは預言者の代表です。そして主 | |||||
| マタイ17:1-13 | イエスは、旧約聖書を成就する者、つまり救い主そのものです。 | ||||
| からし種一粒の信仰、つまり胡麻よりも小さな信仰を持ち、主に全て | |||||
| マタイ17:14-20 | を委ねることを求めておられます。それすら持てない弱さがあります。 | ||||
| 主イエスの十字架と復活の二回目の予告です。3度語るとは、十字架 | |||||
| マタイ17:22-23 | と復活が、キリスト教信仰にとって非常に重要な事であるからです。 | ||||
| 王の王であられるキリストにとって納税義務はありませんでした。し | |||||
| マタイ17:24-27 | かし私たちは世に立てられた権力者の制度に従う必要があります。 | ||||
| 自分を低くしへりくだることにより、子供や弱さを覚える者を受け入 | |||||
| マタイ18:1-5 | れ、キリストをも受け入れることが出来るように導かれます。 | ||||
| つまずき、つまり人の痛みを理解するためには、常に相手の立場に立 | |||||
| マタイ18:6-9 | つ必要があります。そこからへりくだりと罪の赦しが生じてきます。 | ||||
| 主は今なお神様の御前にいないあなたを待っていて下さいます。あな | |||||
| マタイ18:10-14 | たの滅びは神様の御心にもなく、大きな悲しみです。 | ||||
| 人間は弱く罪を犯します。主がお求めなのは、その罪を主の御前に悔 | |||||
| マタイ18:15-20 | い改め、主の赦しに感謝を表すことです。 | ||||
| 主は憐れみ深く、私たちの罪を赦し続けて下さいます。だからこそ、 | |||||
| マタイ18:21-35 | 私たちも隣人の罪を赦すことが求められています。 | ||||
| 結婚は創造の秩序であり、二人が一体となります。死別・相手の姦淫 | |||||
| マタイ19:1-12 | の罪以外に離婚は認められません。 | ||||
| 子供は無邪気であり善悪の判断もできません。しかし主は、子供を受 | |||||
| マタイ19:13-15 | け入れて下さり祝福して下さいました。救いは受け入れからです。 | ||||
| すべては主がお与え下さいました。すべてを感謝して有効に用いてい | |||||
| マタイ19:16-30 | く必要があります。主は私たちに必要を満たして下さいます。 | ||||
| 人が信仰を持つのは、時を待たねばなりません。遅くても主の豊かな | |||||
| マタイ20:1-16 | 祝福が約束されています。焦らず祈りましょう。 | ||||
| 主イエスの三度目の死と復活の予告です。三度繰り返されることは、 | |||||
| マタイ20:17-19 | 非常に重要なことを語ることを意味しています。 | ||||
| 主イエスは、私たちの罪を償うため、十字架の死を遂げられることに | |||||
| マタイ20:20-28 | より、すべての神の民のために仕えて下さいました。 | ||||
| 主は、救いを求める私たちの祈りを聞き届けて下さいます。信じて祈 | |||||
| マタイ20:29-34 | り続けましょう。 | ||||
| 主イエスのエルサレム入城です。馬ではなく子ろばでの入城は、王の | |||||
| マタイ21:1-11 | 王たる主イエスが、平和の使者であり卑しい姿だからです。 | ||||
| 強盗の巣と化したエルサレムで、主イエスは人の欲望のため裁かれま | |||||
| マタイ21:12-17 | す。神の宮たる会堂は常に御言葉と祈りの場として解放されています。 | ||||
| 主イエスがいちじくの木を呪ったのは、イスラエル人がいちじくの象 | |||||
| マタイ21:18-22 | 徴であり一見敬虔そうだが実体のない信仰への嘆きと裁きのためです。 | ||||
| 主の預言者である洗礼者ヨハネが指し示した救い主が主イエスです。 | |||||
| マタイ21:23-27 | 主イエスが天からの権威、神の権威者であられます。 | ||||
| 神様が求められることは、口で「信じます」と答えることではなく、 | |||||
| マタイ21:28-32 | 真の罪の悔い改めを行い、主の御言葉に聞き従うことです。 | ||||
| ユダヤ人は、預言者と洗礼者ヨハネと主イエスを殺しました。しかし | |||||
| マタイ21:33-46 | キリストは十字架の死と復活により、救いをお与え下さいました。 | ||||
| 主は神の国の婚宴である礼拝に招いて下さっています。多くの人々が | |||||
| マタイ22:1-14 | 招かれていますが、主の御声に聞き従い救われる人は少ないのです。 | ||||
| 主の権威の下に王が立てられています。だからこそ主に従うように、 | |||||
| マタイ22:15-22 | 王に対しても従うよう、主イエスは求めておられます。 | ||||
| 復活によって与えられる神の国の新しい世界では、現在の秩序とは異 | |||||
| マタイ22:23-33 | なり、天使のように復活します。死んでも生きるのです。 | ||||
| 最も重要な掟で、十戒の要約の2つです(小教理42)。神への信仰も、 | |||||
| マタイ22:34-40 | 人への従順も、愛が伴ってこそ、生きた働きとなります。 | ||||
| キリストはダビデの子です。しかしダビデはメシアを主と呼んでいま | |||||
| マタイ22:41-46 | す(詩110:1)。メシアは霊的であり、軍事的政治的ではありません。 | ||||
| 御言葉には聞き従わねばなりませんが、牧師や上に立つ者だからと言 | |||||
| マタイ23:1-12 | うことで、御言葉の教え以外のことに聞き従う必要はありません。 | ||||
| 偽善者の罪は、あらゆる事柄にまで及びます。主がお求めになられる | |||||
| マタイ23:13-36 | のは、遜りと罪の悔い改めであり、主の御言葉に聞き従うことです。 | ||||
| エルサレムであるイスラエルの民は、旧約の預言者たちを、そしてイ | |||||
| マタイ23:37-39 | エス様を殺します。そして主の悔い改めの声に従うことはありません。 | ||||
| 神殿の崩壊は、AD70年に実現しますが、ここでは神の宮であるイエス | |||||
| マタイ24:1-2 | 様御自身のことを語っています。 | ||||
| 神殿の崩壊=終末ではありません。終末の様々な現象が現れても、主 | |||||
| マタイ24:3-14 | への信仰を貫き、耐え抜く者は救われます。主を信じて歩みましょう。 | ||||
| 終末には、偽キリストが現れます。だまされないためには、御言葉の | |||||
| マタイ24:15-28 | 正しい判断をする訓練が求められています。 | ||||
| 人の子、つまりキリストの再臨の時、神様に選ばれた神様を信じてい | |||||
| マタイ24:29-35 | る者は呼び集められ神の国に入れられ、サタンは裁かれます。 | ||||
| 主の再臨(終末)は突然来ます。先延ばしすることは許されません。今、 | |||||
| マタイ24:36-44 | 罪を悔い改め、主への信仰を告白し、従順な生活を行いましょう。 | ||||
| 前回と同じ事がたとえ話としても言われています。神様を信じること | |||||
| マタイ24:45-51 | は、今、神様の御言葉に耳を傾け、それに従う者となります。 | ||||
| 終末の出来事が記されています。キリストの再臨は、私たちにはいつ | |||||
| マタイ25:1-13 | か示されていません。常に準備し、備えておきましょう。 | ||||
| 主がお与え下さったもの(賜物)は、用いることにより生かされます。 | |||||
| マタイ25:14-30 | 与えられた賜物を存分に用いて、主に仕えていきましょう。 | ||||
| 主は、私たちの小さな行いも全てご存じであられます。救いに導いて | |||||
| マタイ25:31-46 | 下さる主の愛を私たちが実践するには、横にいる隣人に行うことです。 | ||||
| 主イエスは、自らが十字架に架かられる時を知っておられます。主は | |||||
| マタイ26:1-5 | 私たちの全てをもご存じであられます。隠れることは出来ません。 | ||||
| 主イエスを葬るためになされた丁重な奉仕に対して、主イエスは喜ん | |||||
| マタイ26:6-13 | で受け入れて下さいます。 | ||||
| イスカリオテのユダは、金に目がくらみ、銀貨30枚(日当の約1.3陪程 | |||||
| マタイ26:14-16 | 度)で、主イエスを売ります。 | ||||
| 主イエスが裏切り者を指摘される時、誰もが「主よ、まさかわたしの | |||||
| マタイ26:17-25 | ことでは」と疑います。人間は弱く、罪深い存在です。 | ||||
| 罪の赦しの宣言が語られる契約の言葉です。「わたしの父の国であなた | |||||
| マタイ26:26-30 | がたと共に新たに飲むその日」を、私たちは待ちわびているのです。 | ||||
| 私たちは自分の力で信仰を守り抜く強さは持っていません。主がお与 | |||||
| マタイ26:31-35 | え下さる罪の赦しと救いの信仰に、感謝しましょう。 | ||||
| 「心は萌えていても、肉体は弱い」私たちです。主イエスは私たちの | |||||
| マタイ26:36-46 | 救いのために御心に従い十字架での苦しみと死の道を果たされました。 | ||||
| 「剣を取る者は皆、剣で滅びます」主イエスは、裁きを主に委ね、十 | |||||
| マタイ26:47-56 | 字架の道を歩んで下さいました。 | ||||
| 大祭司カイアファは、神に仕えていることを忘れ、自らの心に欲する | |||||
| マタイ26:57-68 | ままに主イエスを裁判にかけて | ||||
| ペトロは非常な恐怖の中、とっさに主イエスの存在を否定しました。 | |||||
| マタイ26:69-75 | 私たちも弱いです。主はペトロと私たちの弱さをも赦して下さいます。 | ||||
| ユダは自らの罪を悔やみ死にました。しかし主が求めておられること | |||||
| マタイ27: 1-10 | は、罪を悔い改め、主によって生かされることです。 | ||||
| キリストは自らの保身のためではなく、主のご計画が成し遂げられる | |||||
| マタイ27:11-14 | ことを願われ、十字架の道を歩まれました。 | ||||
| ピラトは自らの職務を放棄し主イエスの十字架の責任をユダヤ人に押 | |||||
| マタイ27:15-26 | しつけました。しかしその罪は避けられません。 | ||||
| 兵士は囚人イエスをからかいます。権力に従うのではなく、真実・真 | |||||
| マタイ27:27-31 | 理に従うものでありましょう。 | ||||
| キリストの十字架、これこそ私たちの罪の刑罰の光景です。キリスト | |||||
| マタイ27:32-44 | は私たちに代わって十字架にお架かり下さいました。感謝します。 | ||||
| キリストの死により、旧約の神殿と儀式は必要なくなりました。キリ | |||||
| マタイ27:45-56 | ストの死こそ、唯一・真の贖罪だからです。 | ||||
| キリストは王の王として相応しい葬りがなされました。キリストの死 | |||||
| マタイ27:57-61 | は仮死状態ではなく、確かに肉体の死を遂げ陰府に下られたのです。 | ||||
| ユダヤ人たちはキリストが復活せず、弟子たちが嘘を語らないように | |||||
| マタイ27:62-66 | 番兵を置きました。これもキリストの復活を証ししています。 | ||||
| キリストは三日目に復活しました。マグダラのマリア、もう一人のマ | |||||
| マタイ8:1-10 | リア、番兵たちがそのことを証しする者となりました。 | ||||
| 祭司長や長老たちは番兵に金を与え、キリストの復活を否定させまし | |||||
| マタイ28:11-15 | た。しかし真実は、歪めるこのは出来ません。 | ||||
| 復活のキリストは、信じて父と子と聖霊の名によって洗礼を受けるこ | |||||
| マタイ28:16-20 | ととキリストの教えを守ることを命じています。 | ||||
| 洗礼者ヨハネは、主の道を整えるために、キリストに先立ち主からつ | |||||
| マルコ1:1-8 | かわされました。しかし信じるべき方はヨハネではなくキリストです。 | ||||
| 主イエスが洗礼を受けられることにより、御父(の声)・御子・聖霊(鳩 | |||||
| マルコ1:9-11 | のように降って来た)なる三位一体なる神様であることが示されました | ||||
| 主イエスの公生涯は、福音を宣べ伝えることであり、それは同時にサ | |||||
| マルコ1:12-15 | タンに対する勝利を獲得する働きでもありました。 | ||||
| 主イエスは4人を召して下しました。彼らはすぐ聞き従いました。私 | |||||
| マルコ1:16-20 | たちが神の子とされるのは、聖霊を通して主による召しの結果です。 | ||||
| 主イエスは、見せかけで偉そぶる律法学者のようではなく、聖・義・ | |||||
| マルコ1:21-28 | 真実による神の権威をお示しになられました。 | ||||
| 主イエスは、病や悪霊をも支配なさり、聞き従わせることのお出来に | |||||
| マルコ1:29-34 | なられる真の神様、真の権威者です。 | ||||
| 宣教の力は、何よりも静まり、主の御前に祈り求めることにより、そ | |||||
| マルコ1:35-39 | の力が与えられます。祈る教会であり続けましょう。 | ||||
| 真実に罪の赦しと救いが示されると、主を礼拝し、人々に対してもそ | |||||
| マルコ1:40-45 | の喜びが溢れる生活へと導かれていきます。 | ||||
| 主は私たちの心の中も全てご存じであられます。汚れ罪深い私たちを | |||||
| マルコ2:1-12 | なおも主は受け入れて下さり、救って下さいます。 | ||||
| 収税人は一番罪の深い人間とされていました。しかし主イエスは収税 | |||||
| マルコ2:13-17 | 人マタイを弟子として召して下さいました。 | ||||
| 主イエスが求められているのは、断食をするという行為ではなく、主 | |||||
| マルコ2:18-22 | を信じる信仰であり、主の御言葉に聞き従うことです。 | ||||
| 主が、主の日(安息日)を一日休み、礼拝を求められるのは、私たちに | |||||
| マルコ2:23-28 | とって肉体の休息と、主の救いを覚えるのに必要だからです。 | ||||
| 主の日であっても主の癒しを求めている人が忘れ去られてはなりませ | |||||
| マルコ3:1-6 | ん。だからこそ医療従事者等が主の日に働くことは許されます。 | ||||
| 汚れた霊は、サタンそのものであり、主の存在を知っています。主を | |||||
| マルコ3:7-12 | 強く拒絶する者は、ある意味で主の御力を知っているからです。 | ||||
| 主イエスは、「これと思う人」を召して12使徒として任命して下さいま | |||||
| マルコ3:13-19 | した。キリスト者として召されたことに感謝して日々歩みましょう。 | ||||
| どの様なことを行ってきた人であっても、主を信じる人は救われます。 | |||||
| マルコ3:20-30 | しかし聖霊による主の御業を拒絶する者は罪の責めを負います。 | ||||
| 神様を信じ、主の御言葉に聞き従う私たちは、キリストを長兄とする | |||||
| マルコ3:31-35 | 兄弟姉妹として、主に繋がり、神の子とされています。 | ||||
| 神の御言葉を受け入れ、信仰生活を続けている私たちは、良い土地に | |||||
| マルコ4:1-20 | 蒔かれた種です。主によって養われ、信仰の成長が約束されています。 | ||||
| 私たちには信仰という光が与えられています。信仰生活を続け、証し | |||||
| マルコ4:21-25 | していくことにより、多くの人々に主の光を照らしていきましょう。 | ||||
| 私たちの信仰は、からし種が米粒より小さな種から一年で2〜3m成長 | |||||
| マルコ4:26-34 | するように、主により養われていきます。 | ||||
| 主は全てを御支配になられており、自然界をも従わせる力を有してお | |||||
| マルコ4:35-41 | られます。だからこそ主に不可能なことはありません。 | ||||
| 悪霊も、創造主であり、全てを治めておられる主に逆らうことは出来 | |||||
| マルコ5:1-20 | ません。だからこそ私たちはサタンの誘惑を恐れることはありません。 | ||||
| 主の御支配は、人間の死の世界にも及びます。だからこそ私たちは体 | |||||
| マルコ5:21-43 | の復活と永遠の生命をも信じることが出来るのです。 | ||||
| 主イエスは、信じようとしない郷里の人々の前では、奇跡を行われる | |||||
| マルコ6:1-6a | ことをなさいませんでした。信じれば与えられます。 | ||||
| 主の御言葉を信じて歩めば、全ての必要は満たされます。疑うことな | |||||
| マルコ6:6b-13 | く、主を信じて歩み続けましょう。 | ||||
| ヘロデ王は、体裁を保つため、娘の言うとおり、ヨハネの首をはねま | |||||
| マルコ6:14-29 | した。信仰の確信は貫きましょう。 | ||||
| 人は無から有を作り出すことは出来ませんが、主なる神様であるイエ | |||||
| マルコ6:30-44 | ス様には可能です。主は私たちの全ての必要を満たして下さいます。 | ||||
| 主の支配は、自然界にも及びます。つまり自然の秩序は、主なる神様 | |||||
| マルコ6:45-52 | によって示されたものです。主の御業を受け入れたいものです。 | ||||
| 信じる者は、適えられます。私たちは祈りを通して、主なる神様に求 | |||||
| マルコ6:53-56 | めることが出来ます。信じて祈りましょう。 | ||||
| 罪の汚れは、食事によって与えられるものではなく、私たち自身の内 | |||||
| マルコ7:1-23 | にある罪が、態度と言葉と心に出てくるのです。 | ||||
| 女は自らが異邦人であること(子犬)を受け入れ、なおも主を信じて、 | |||||
| マルコ7:24-30 | 求め続けました。自らの罪を受け入れ、主を求め続けていきましょう。 | ||||
| 主がお与え下さる恵みは黙っておられないほどの喜びに満ちたもので | |||||
| マルコ7:31-37 | す。あなたにとって主イエスの救いが喜びとなっているでしょうか? | ||||
| 主は私たちを養い導いて下さいます。食べることを心配することなく、 | |||||
| マルコ8:1-10 | 全てを養い導いて下さる主の栄光を称えて歩みましょう。 | ||||
| 人々は神様がいることの証拠を求めます。主は御言葉の聖書において | |||||
| マルコ8:11-21 | ご自身を証ししています。見ないで信じる者は幸いです。 | ||||
| 癒しは段階的に行われました。私たちの信仰にも段階があります。一 | |||||
| マルコ8:22-26 | 度に全てをしることは出来ません。忍耐して主を追い求めましょう。 | ||||
| 主イエス・キリストは、私たちの救い主です。主イエスの十字架と死 | |||||
| マルコ8:27-30 | と復活を覚えつつ、感謝して、主を告白し、従いましょう。 | ||||
| キリストは私たちの救いのために十字架の道を歩んで下さいました。 | |||||
| マルコ8:31-9:1 | 私たちは自らの罪を悔い改めて、主に従うことが求められています。 | ||||
| 主イエスの栄光の姿が示されます。主イエスは、父なる神様の愛する | |||||
| マルコ9:2-13 | 御子であり、神の民を救いに導かれるために十字架の道を歩まれます。 | ||||
| 「できれば」との疑いを持った信仰ではなく、全てを主に委ね信じま | |||||
| マルコ9:14-29 | しょう。信じて祈る者には、何でも与えられます(マタイ21:22)。 | ||||
| 「人の子は、人々の手に引き渡され、殺され」ます。これは人々の策 | |||||
| マルコ9:30-32 | 略によるものですが、なおも主の贖いの計画が成就するよう働きます。 | ||||
| この世における支配や権威は、神の国で適用されることはありません。 | |||||
| マルコ9:33-37 | この世の権威を求めるのではなく、主の栄光を求めていきましょう。 | ||||
| 意見が異なってもキリストを証しする者はキリスト者です。教派の違 | |||||
| マルコ9:38-41 | いによって批判し合うことなく、互いに受け入れ合う必要があります。 | ||||
| 私たちの周囲には多くの罪の誘惑があります。それらを一つ一つ取り | |||||
| マルコ9:42-50 | 除くことにより、主の栄光を求めて歩むことが出来ます。 | ||||
| 離婚が認められるのは、相手の姦淫と、故意の遺棄(ウ信仰告白24:6、 | |||||
| マルコ10:1-12 | Tコリ7:15)のみです。結婚は主との契約であり、重要です。 | ||||
| 主は人間的な事柄を引きずりつつ損得勘定で主に従うことを戒めてお | |||||
| マルコ10:13-16 | られます。無条件に神の愛を受け入れ、主に従って歩みましょう。 | ||||
| 十戒を守るとは、文言通り守ることではなく、そこに心が伴っている | |||||
| マルコ10:17-22 | かが問われます。表面的にではなく、全身全霊主に従うことです。 | ||||
| 富はこの世における生活では不可欠です。しかし神の国を求めるには | |||||
| マルコ10:23-31 | 必要ありません。神の国に必要なことを考えつつ、富も用いましょう。 | ||||
| 主イエスの三度目の十字架の予告です。重要なことは三度繰り返され | |||||
| マルコ10:32-34 | ます。主が三度繰り返して予告された事実を受け止めましょう。 | ||||
| 地上における権威や地位も、神の国では不要です。主が定められるこ | |||||
| マルコ10:35-45 | とに対して問い求めず、主の救いの感謝の生活を追い求めましょう。 | ||||
| 盲人は疑うことなく、主イエスを受け入れ信じました。信仰とは主の | |||||
| マルコ10:46-52 | 御言葉を無条件に受け入れ、罪の赦しと救いを信じることです。 | ||||
| 主イエスが地上の王として都エルサレムに迎えられます。主イエスは | |||||
| マルコ11:1-11 | 王の王・主の主です。全ての民が主にひれ伏さなければなりません。 | ||||
| 実りへの期待を持たせつつ、実りとしての信仰を有しないイスラエル | |||||
| マルコ11:12-14 | には、神様の裁きが宣言されます。 | ||||
| 信じて祈る時、主は全て適えて下さいます。主の御力を疑い、信じな | |||||
| マルコ11:15-26 | ければ、自らの罪が暴かれ、それ故に裁きにあいます。 | ||||
| 祭司長たちは、主イエスを試しました。しかし本当に試されているの | |||||
| マルコ11:27-33 | は、私たち自身の信仰です。イエス様が主であるのか、ないのかが.. | ||||
| イスラエルは預言者を殺し、ついに御子イエス・キリストを十字架に | |||||
| マルコ12:1-12 | て殺しました。しかし救いは十字架によって成し遂げられます。 | ||||
| 私たちは主の支配下にあります。主にも、また主がお立て下さった権 | |||||
| マルコ12:13-17 | 威にも従うことが求められています。 | ||||
| 復活の世界は、新しい秩序のうちに成り立ち、人は御使いのような霊 | |||||
| マルコ12:18-27 | 的な存在になります。そこには地上の結婚関係はありません。 | ||||
| 十戒の要約です。第一の掟が第一の板(第一戒〜第四戒)、第二の掟が | |||||
| マルコ12:28-34 | 第二の板(第五戒〜第十戒)に相当します。 | ||||
| メシアはダビデの子孫として誕生します(イザ9:6‐7)。しかしキリス | |||||
| マルコ12:35-37 | ト(メシア)は、ダビデの主であり、私たちの主でもあります。 | ||||
| 人は、見せかけと権威によって他人を判断するかも知れません。しか | |||||
| マルコ12:38-40 | し主は私たちの行動・発言・心の全てをご存じです。 | ||||
| 献金は金額ではなくその心が問われます。救いの感謝の思いと、全て | |||||
| マルコ12:41-44 | を主に委ねる信仰が表れます。 | ||||
| 主は6日間で天地万物を創造されました。どれだけ立派な建物でも、 | |||||
| マルコ13:1-2 | 主の御前には恒久ではありません。 | ||||
| 偽教師、戦争、地震、飢饉は、終末(新約)の時代にはあります。どの | |||||
| マルコ13:3-13 | 様な状況にあっても、主に委ね、聖霊に満たされましょう。 | ||||
| 終末の時代(現在)、苦難は絶えません。しかし偽メシアや偽預言者に | |||||