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日本キリスト改革派
   大垣教会  月報
 
生命のいずみ
 
(第5号 2004年6月)
 
 
 
 


巻頭言   教会と伝道所   辻 幸宏


 大垣教会は、長い間伝道所としての歩みを続け、一日も早く独立教会としての歩みを始めたいと願っています。ところで伝道所とは、教会ではないのでしょうか? 教会と伝道所の違いについて、政治規準第17条には、次のように記されています。

第17条(各個教会の種別)各個教会は、組織上、これを教会・伝道所の二種類に分類する。
 一 教会とは、小会を有し、これによって統治される自治組織の完備した各個教会を言う。
 二 伝道所とは、小会を組織するに至らない自治組織未完備の各個教会を言う。

 そして「各個教会」について記されています第16条では「各個教会は、聖書にかなった清い礼拝と生活のために結合し、キリストの御国の合法的統治に服従する共同体であり、その構成員は、主イエス・キリストを信じる信仰を告白する者と、その契約の子である。」と記します。つまり伝道所であっても各個教会であり、キリストの教会であるのです。言い換えますと、「伝道所」とは、教会政治上のことであり、主の御前には、地上の見える教会として、立てられているのです。
 従って、「小さな伝道所だから・・・・」と言った言葉は、主の御前には語ることは出来ません。未熟さとは、小会が立てられず、長老・執事が立てられていないこと、そして自給独立していないことだけであり、伝道所に集っている一人一人は、キリストによって召された神の子としての歩みを続け、主によって日々信仰の成長が与えられていっているのです。そして小さな伝道所であろうと、大きな教会であろうと、キリストを証しし、福音を宣べ伝えていくことが求められているのであることには、違いがありません。
 つまり私が語りたいことは、伝道所であろうともキリストによって立てられた教会であり、ここに集う一人一人は、主によって信仰の成長が与えられているのです。そして独立教会を目指す伝道所です。従って、小会がないための制約はありますが、それ以外においては、独立した教会と全く同じであります。また、教会を目指すためには、伝道所に集う一人一人が自覚を持って、教会にとって必要な責任を果たしていくことも、求められています。つまり教会独立するためには、伝道所に集う私たちが日々霊的成長させられ、主に仕え、主の必要を認識し、果たしていくことこそが、必要なのです。



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