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日本キリスト改革派
   大垣教会  月報
 
生命のいずみ
 
(第17号 2005年6月)
 
 
 
 

      終末の希望の中で             辻 幸宏


 4月15日にF姉、そして5月27日にM姉が、天に召されました。遺されましたご家族、そして私たち大垣教会にとっても悲しく寂しいことであります。しかし姉妹たちは、この世から姿が取り除けられたのですが、存在自体が無くなったのではありません。あくまでも主によって召されたのです。
 6月13日〜16日にかけて、大会役員修養会と臨時大会が行われ、60周年記念宣言であります「終末のきぼうについての信仰の宣言」の本文の検討がなされ、実質的内容を承認いたしました。宣言(第四次草案)につきましては、別の機会にご紹介することといたしますが、その中から、信者の死について記されている個所をご紹介いたします。

(信者にとっての死の意味)
 わたしたち信者にとって肉体の死は、罪と悲惨、この世の労苦と涙からの完全な解放、キリストのみもとに召してくださる神の愛のしるし、永遠の命のより豊かな祝福への入口です。しかし、今なお罪と弱さを持つわたしたちは、死を前にして恐れさえ抱く者です。死は、人生の最後の試練です。わたしたちは、復活の希望と慰めのゆえに、死を覚えてますます謙虚になり、いっそう堅くキリストに依り頼み、賜物としての日々を感謝して歩みます。

 (信者の死後の状態とその祝福)
 死の時、わたしたちの魂は完全にきよくされ、ただちに頭であるキリストのもとに引き上げられます。天上の勝利の教会へ移された魂は、地上にあるよりもさらに豊かな、キリストとの栄光の交わりにあずかり、先に召された聖徒たちとの愛の交わりを喜び、彼らと共に神の御顔を仰ぎます。同時に、体は、キリストに結び合わされたまま墓の中に休息し、栄光の神の国における体の完全な贖いと天地の完成を待ち望みます。

 主によって召され、信仰が与えられ、救いの約束に満たされた、私たちキリスト者が、同じ信仰を告白した信者の死に立ち会った今、私たちは、主が私たちにお与え下さった罪の赦しと永遠の生命の約束を確認し、主にある信仰を新たにしていただきたいと思います。

 



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