トップ > 牧師の部屋 > 月報(No.20)


日本キリスト改革派
   大垣教会  月報
 
生命のいずみ
 
(第20号 2005年9月)
 
 
 
 

      信仰の戦い                      辻 幸宏


 毎年、信州夏期宣教講座に出席させて頂いていますが、今回のテーマは「キリストの民か、国の民か」と題して、異教社会につかわされたキリスト者に主は何を求めておられるかを、考えました。特に今回は、第二次大戦中、日本の統治下にあった朝鮮長老教会の牧師朱基徹牧師が投獄され殉教の死をたどっていく、その信仰の戦いについて、発題と二人の講演者から伺いました。当時の日本の教会においてはほとんど信仰の戦いを行うことが出来ず、偶像崇拝に屈した中、なぜ朝鮮の教会は信仰の戦いを行うことが出来たのか。それは、いたってシンプルであり、私たちの教会においては繰り返して語られてきている事です。つまり聖書の正しい解釈、聖礼典の正しい執行、戒規の適切な執行です。つまり、言い換えれば、教会がキリストの教会であり続けることにおいて、キリストの民として生き抜くことが出来るのであり、それが出来なかった多くの日本の教会は、それに似たことは行ってきていたかも知れないが、真のキリストの教会たり得なかったという事実に、目を背けてはなりません。
 今、日本社会は、急速に右傾化し、戦前回帰が行われようとしています。改めて、キリスト者としての生き方が問われる時が来ようとしています。否、すでに日の丸・君が代が国旗・国家と制定され、強制されるに至っている今、その時を迎えています。だからこそ、私たちは、信仰の戦いを貫くことが出来た信仰者から学び続けなければなりません。
 先日、臨時委員会を開催し、朱基徹牧師記念会の主催(11月1日pm7:00〜9:00 日本キリスト教会大垣教会)をすることを決議して頂きました。朱牧師が神社参拝を拒否するが故に投獄され、酷い虐げを受け、信仰を貫きつつ、殉教の死を遂げられた牧師です。また朱牧師の長男も、朝鮮戦争後も平壌に残り、平壌の教会において牧師を続けられましたが、彼もまた、北朝鮮当局に逮捕され、殉教の死を遂げられたのです。つまり証言者の父・兄は、信仰の戦いを最後まで戦い抜かれたキリスト者であり、信仰の戦いの生の声を聞くことは、私たちにとってとても貴重な機会となることでしょう。

トップに戻る

牧師の部屋に戻る

COPYRIGHT(C) 2005 日本キリスト改革派大垣教会  ALL RIGHTS RESERVED