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日本キリスト改革派
   大垣教会  月報
 
生命のいずみ
 
(第23号 2005年12月)
 
 
 
 

      現代に生きるクリスチャン              辻 幸宏

 昨今、日本社会全体を見渡して、倫理性の欠如が目に余る状態になってきていると言っても過言でないと思います。本来責任を取らなければならない立場の人間が、責任を取りません。権力にある者たちは、自らの失敗を恥じることなく、一方で権力のない者たちの失敗を責め立てます。これらは、自己中心、自己保身がそのものです。戦前では天皇を中心とする家父長制の厳しい社会構造の中、表面的な秩序は保たれていたのです。また戦後になっても、戦前の遺産と共に、良き意味での民主主義、助け合いといったものがあったのではないでしょうか。しかし、バブル崩壊以降、こうした秩序が全く崩壊してしまいました。民主主義の弊害としての個人(自己中心)主義が蔓延しています。今年、戦後60年を迎え、構造改革が求められ続けています。そして自民党などは、憲法改正議論の中、自らの姿を省みることなく、戦前の教育を復活させようとしております。
 しかしこうした現象は、起こるべくして起こったと言えるでしょう。元来、民主主義は、キリスト教文化の構築された欧米において定着していった制度であり、キリストが語る隣人愛が前提とした文化です。これは改革派信仰の一つの中心である有神論的人生観・世界観が確立されているからこそ、機能するものであります。神に主権があり、人はそれを治めることが託されているのです。神を愛するように、隣人を愛し、すべての被造物を治める権能が与えられているからこそ、自分を大切にしつつ、自己中心に陥ることなく、共同体を形成し、隣人を助け、社会の発展のために尽くしていくことが出来るのです。それはすべて主が私たちの罪を赦し、神の子として救って下さっている感謝と喜びの生活からこそ生み出される社会構造でもあります。
 従って、倫理性の欠如している現代社会は、日本の教会、特に改革派教会の宣教の低迷と合致するのは、偶然なことではありません。従って、本当の意味での民主主義を回復し、健全な日本社会を形成するためにも、私たち改革派教会の宣教は、非常に重要であり、また、それだけ大きな視野に立った宣教を行うことが求められています。

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