「罪を赦すことにより与えられる和解と平和」  辻 幸宏牧師



 ブッシュ米国大統領は、キリスト者であり、一国の首長として、イラク戦争を開始しました。そこには、「イラク人の解放」・「聖戦」といった言葉も語られていますが、私としては受け入れることの出来ない主張であり、クリスチャンとして聖書の教えから離れた行為であると考えます。

 旧約聖書に「目には目を、歯には歯を」という言葉があり、多くの方々に知られている言葉かと思います。しかしここで語れられている意図は、歪められていることが多いのではないかと思います。ここから二つのことを学び取らなければなりません。
 第一は、主なる神様は、どの様な人間の罪に対しても、決して許すことの出来ないお方であるということです。このことは、神様が、人間が罪を犯すが故に、人間を拒絶されるということではなく、神様は、完全に聖・義・真実なお方であられ、罪を受け入れることが出来ないということです。だからこそ、この聖書の言葉は「罪を犯さないように」との、神様から人間に対して強い要求が語られているのです。そして、行動・発言・心の中で、神様の聖・義・真実から離れた人間を、神様はそのまま受け入れることが出来ないのです。しかしそれでもなお、神様は人間を愛していて下さるからこそ、人間の罪を償うためにキリストをこの世にお送り下さり、十字架による死の刑罰をお受けになられることにより、人間の罪を代わりに償って下さったのです。
 第二に、「目には目を、歯には歯を」と聖書が語る時、その時代背景を確認しておく必要があります。旧約聖書の時代、人々は復讐を行う場合、命をも奪うケースが多々あったのです。しかし聖書で「目には目を、歯には歯を」と語る時、最初に危害が加えられた以上の復讐を行ってはならないことを命令されているのです。ここに私たちの罪を赦して下さる神様が、私たち人間が、互いの罪をも赦すものであることを求められ、愛を実践するものであるように語られています。

 つまり二つのことから、神様は罪を許されることはありませんが、なおも人を愛し、受け入れ、赦すためにキリストを十字架にひきわたされたのです。そしてさらに、私たちが隣人に対してもその罪を赦すことを求めておられます。神様が求めておられることは、愛し合い、赦し合うことであり、平和を求めておられるのであって、武器を手に持ち、強圧的に従わせることではありません。

 だれに対しても悪に悪を返さず、すべての人の前で善を行うように心がけなさい。できれば、せめてあなたがたは、すべての人と平和に暮らしなさい。愛する人たち、自分で復讐せず、神の怒りに任せなさい。「『復讐はわたしのすること、わたしが報復する』と主は言われる」と書いてあります。  (ローマの信徒への手紙12章17〜19節)
                                (2004.5 大垣教会特別伝道集会案内文)  

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