【生命の泉】 「8.15を迎えて」  辻 幸宏牧師




 今年も8月15日を迎えます。敗戦の日は、私が生まれる20年余も前のことであり、知るよしもありません。しかし私たちは、59年前のこの日まで、日本が侵略戦争を行っていた事実を忘れてはなりません。
 私たちは、主イエスの十字架の御業により罪赦され、神の子とされ、永遠の生命の約束が与えられています。しかしそれは、言い換えますと、主なる神様がご計画なさり、摂理において歴史を支配しておられることを受け入れることであります。従いまして私たちは、神様の摂理において、歴史に明らかにされてきたことに目を閉じてはならないのです。主が築いて下さった歴史から学ぶことが求められているのです。だからこそ、改革派教会では、新約において十字架による罪の赦しが宣言されることを知ることと同時に、旧約聖書における人間の罪・特にイスラエルの罪を学ぶことを重視します。そしてさらに、新約の歴史、宗教改革の歴史、そして我が国における教会の歴史を疎かにしてはならないのです。
 明治期に日本にプロテスタント教会が宣教を初めて以来、日本中に伝道されていきました。そして当時の教会の人たちは、キリスト教が政府に受け入れられるために必死でありました。そうした中、キリスト教信者の中から文化人など著名人が輩出されていきました。社会をリードしていくキリスト者が与えられていくことは、現在の時代でもとても求められていことであります。しかし当時の教会は、それだけに留まることなく、キリスト教が政府に受け入れらようと、政府からの要求も、無批判的に受け入れていったのです(天皇崇拝、軍国主義における啓蒙活動、神社参拝、宮城遙拝・・)。その上宗教団体法が1939年に公布されると、国家命令において、教派合同させられたにもかかわらず、当時のキリスト教会は、それを「神の摂理」として受け入れたのです。そして改革派教会の前身であります(旧)日本基督教会も、また例外ではなかったのです。
 現在のキリスト教会は、靖国神社問題に関しては、政教分離の原則から、反対することにおいて、結束がもたれておりますが、残念ながら平和について、そして軍隊については、一致がありません。平和の君であられるイエス・キリストは、和解と平和をもたらして下さり、また私たちにもそのことを望まれています。政治に無批判になることにより、戦中の過ちを繰り返す前に、歴史から学び、信仰の武具を備えましょう。
                                (2004.8 大垣教会月報「生命の泉」巻頭言)  

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