【礼拝説教】  「あいさつ」  辻 幸宏牧師



  ローマ信徒への手紙16章3〜16節(新共同訳聖書)

16:3 キリスト・イエスに結ばれてわたしの協力者となっている、プリスカとアキラによろしく。
16:4 命がけでわたしの命を守ってくれたこの人たちに、わたしだけでなく、異邦人のすべての教会が
   感謝しています。
16:5 また、彼らの家に集まる教会の人々にもよろしく伝えてください。わたしの愛するエパイネトによろ
   しく。彼はアジア州でキリストに献げられた初穂です。
16:6 あなたがたのために非常に苦労したマリアによろしく。
16:7 わたしの同胞で、一緒に捕らわれの身となったことのある、アンドロニコとユニアスによろしく。この
   二人は使徒たちの中で目立っており、わたしより前にキリストを信じる者になりました。
16:8 主に結ばれている愛するアンプリアトによろしく。
16:9 わたしたちの協力者としてキリストに仕えているウルバノ、および、わたしの愛するスタキスによろ
   しく。
16:10 真のキリスト信者アペレによろしく。アリストブロ家の人々によろしく。
16:11 わたしの同胞ヘロディオンによろしく。ナルキソ家の中で主を信じている人々によろしく。
16:12 主のために苦労して働いているトリファイナとトリフォサによろしく。主のために非常に苦労した愛
    するペルシスによろしく。
16:13 主に結ばれている選ばれた者ルフォス、およびその母によろしく。彼女はわたしにとっても母なの
    です。
16:14 アシンクリト、フレゴン、ヘルメス、パトロバ、ヘルマス、および彼らと一緒にいる兄弟たちによろしく。
16:15 フィロロゴとユリアに、ネレウスとその姉妹、またオリンパ、そして彼らと一緒にいる聖なる者たち一
    同によろしく。
16:16 あなたがたも、聖なる口づけによって互いに挨拶を交わしなさい。キリストのすべての教会があなた
    がたによろしくと言っています。


 今日取り上げたテキストには、一見たわいもない挨拶が記されています。しかし私たちはこの挨拶によって様々なことを知ることが出来ます。
 まず、ローマ教会の大きさを知ることが出来ます。ここで名前が記されている人だけで26名であり、その家族や一緒にいる人々などともしるされており、パウロとしてはその倍の50名位の人たちが頭にあったのではないでしょうか。さらに多くの人々が教会に集っていたことは容易に予想することができます。ローマ教会の始まりは、聖霊降臨時にエルサレムに訪れていたローマのユダヤ人によってなされたと考えられますが(使徒2:10)、その時以来約28年の年月が経ち、ローマ教会は成長していたのです。しかし同時に、当時はユダヤ人やローマ皇帝などからの迫害も始まっていた時期でもあります。そうした中、ローマ教会と名の付く大きな一つの教会があったのではなく、「彼らの家に集まる教会の人々」(5,14,15)のように、家に集まる教会が、ローマの各地にあったのです。つまりローマ教会の成長は、家の教会がそれぞれ成長し、それが分かれていくことによって大きくなっていたのだと考えることが出来ます。このことは同時に、今届けられようとしているこの手紙もまた、一つの家の教会に届けられ、読み継がれ、またその間に写されることにより、ローマのみならず他の地域の教会にも広まったのだと考えられます。
 では次にここに記されているここの人たちに目を向けてみましょう。プリスカとアキラ(3)は、他の聖書でも言及されています(使徒18:1-4,18,26、Tコリ16:19、Uテモ4:19)。彼らは元々イタリア(ローマ)のユダヤ人キリスト者でした。最初に申し上げましたが、聖霊降臨の時にローマからエルサレムに赴いており聖霊を授かりキリスト者になったのではないかとの推測もあります。しかしローマではユダヤ人に対す退去命令が出て、彼らはコリントに行き、パウロと出会ったのです。そしてパウロを守るため、彼らはパウロと一緒に船でシリア州エフェソに行ったのです。そしてその後、ローマに帰ってきていたのです。また彼らはアポロに対して正確に神の道を説明しており、神学的な指導者でありました。
 またここでは、夫アキラよりも妻のプリスカが先に記されています。現在でこそ、男女の表記など同等にしなければならないとの社会的な流れがありますが、当時はまだ男性の方が重んじられる時代です。妻の名が記されること、さらに夫よりも妻が先に記されていることにより、教会の姿が示されています。それは奴隷や皇帝に仕える人々が共に集っていたこと、ユダヤ人もローマ人も他の異邦人もいたことなどからも言えることであり、現在でも社会的な差別が存在する中、教会は当初から様々な差別的な障害を取り除く努力がなされていたのです。またこうしたことは、社会制度に留まることなく、意見の異なる人たちに対して和解を求めようとして、平和を創り出す礎となっていかなければなりません。
 ルフォス(13)は、マルコ15:21で言及されています。彼は主イエスの代わりに十字架を背負った父シモンから信仰を受け継ぎ、ローマ教会で指導的立場に立っていたのです。
 しかしパウロが多くの人たちに単に個人的なあいさつをしているだけのようですがそうではありません。パウロが彼らに対して、「キリスト・イエスに結ばれて」、「主に結ばれている」、「キリストに仕えている」・・と語っており、彼らは主にある兄弟姉妹なのです。言い換えれば、キリストを長子とする兄弟姉妹であり、キリストの十字架によって救いを得たぶどうの木に繋がるぶどうに実です。そして、信仰共同体であり、聖餐共同体です。
 この後、私たちは聖餐式にあずかりますが、聖餐式はキリストの十字架を覚えると共に、神の国において全てのキリスト者が招かれている晩餐の前味です。つまりここに記されている人たちのリストは、パウロにとっては遠く離れた地域に住む人々でしたが、神の国における深い交わりにあり、神の国において共に主の晩餐にあずかることがゆるされている兄弟姉妹です。そしてキリストに結ばれ、神の国に繋がる多くの兄弟姉妹と共にあるからこそ、社会において様々な軋轢があり、信仰の戦いがあったとしても、なおも信仰を貫き、戦い抜くことが出来るものとされているのです。だからこそ、ここにパウロがあいさつを語ることにより、手紙を受け取り名前が呼ばれた人々のみならず、時代も地域も全く異なった私たちがこの手紙を受け取り、読むことにより主によって励まされるものとなるのです。主にある救いと交わりに、心から感謝と喜びをもって歩み続けて頂きましょう。
                                              (2004.9.5)



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