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【礼拝説教】  「永遠の御国に入る者」  辻 幸宏牧師

ペトロの手紙二1章10〜11節

  10 だから兄弟たち、召されていること、選ばれていることを確かなものとするように、いっそう努めなさい。これらのことを実践すれば、決して罪に陥りません。11 こうして、わたしたちの主、救い主イエス・キリストの永遠の御国に確かに入ることができるようになります。



T.救いの確信に関して
 救い主イエス・キリストによる救いを信じる者は、罪の赦しが与えられ、永遠の御国に入る事が出来ることを信じています。しかし、私たちの信仰は、完全で揺るぎないものであるかと言えば、けっしてそうではありません。日々の生活の中、様々な誘惑に遭い、信仰が揺さぶられます。時として、神の御国の救いが見えなくなり、教会から遠ざかることさえするのです。そのため、この世の生活にどっぷりと浸かり、神さまの救いにあるキリスト者であると口では語りつつも、罪人と同じ生活をしている人もいるのです。
 こうした、私たちの信仰が弱まったりすることに関して、ウェストミンスター信仰告白第18章4節において、4つの原因を挙げています。 @確信の維持に努めようとしないこと A良心を傷つけ、御霊を悲しませる罪に陥る B突然の、激しい誘惑にあう C神が御顔の光を覆ってしまわれ、神を畏れる者たちさえも暗闇の中を歩ませる。
 しかし信仰告白は、続けて「しかし彼らは、神の種と信仰の命、キリストと兄弟たちへの愛、心の誠実さと義務感、を完全に欠いてしまうことは決してなく、かえって、これらのものが基となって、この救いの確信は、御霊の働きにより、しかるべき時に回復されることができ、また、これらのものによって彼らは、それまでの間も、完全な絶望に陥らないように守られる。」と語り、真の信仰者たちは救いの確信はなくならない約束が与えられています。この信仰告白の根拠は「召されていること」、「選ばれていること」です(10)。

U.神による選びと召し
 神の選びは、神の永遠の御計画です。エフェソ1:4では、私たちキリスト者の選びは、天地創造の前に定められていたことを、はっきりと主は宣言して下さっています。
 この私たちには計り知れない神の選びの御計画が、主が良しとして下さる時に、聖霊を通して、私たちに働きかけ、神の御言葉によって、信仰へと召し出して下さっています。つまり、内的に聖霊なる神さまが私たちに働きかけて下さると同時に、外的に、神の御言葉が私たちに知的な理解を与えることにより働きかけるて、私たちは神を知り、キリストの十字架による救いを理解し、信仰を告白する者へと、押し出されていくのです。
 つまり、「私たちの信仰」は、私たちの側では、時には熱心になったり、罪の故に弱まったりしますが、主体は主なる神さまの方にあり、神さまによって永遠の選びにあり、時至って召され者は必ず永遠の御国に入れられるのです。そのため、一時的に私たちの信仰が弱ったとしても、決して信仰が失われることはなく、内的に働く聖霊と、外的に与えられている御言葉の理解により、信仰が深められていくのです。

V.救いを確かなものとすること
 しかしペトロは「いっそう努めなさい」と語ります(10)。つまり私たちの側にある信仰の確信を、揺るぎないものとするために、いっそう努めなさいとペトロは語るのです。それが、信仰の実りとなるのです。
 創世記12章に、信仰の父アブラハムに与えられた主からの召命の言葉です。しかし主の約束にも関わらず、アブラハムにはあとを接ぐ子どもがいませんでした。そのため、彼は悩みます。彼の忠実な僕ダマスコのエリエゼルが家を継ぐのか思います(15:2)。その時主は「あなたから生まれる者が跡を継ぐ」とお語り下さいます(15:4)。次に、妻サラの女奴隷ハガルによってイシュマエルが与えられた時にも、彼はこの子こそ、跡継ぎであるとも思います(16章)。しかしこの時にも神は「いや、あなたの妻サラがあなたとの間に男の子を産む。」とお語り下さいます(17:19)。そして90歳になろうとしていた妻サラに、息子が与えられることが主から告げられた時、彼(17:17)も、サラも笑います(18:12)。彼は、主の召しがありながら、主の約束の言葉に悩みます。しかし主は彼を御霊により働きかけ、直接語りかける言葉により、彼の信仰を強めて下さいました。そのため主が新たなる試練として、イサクを献げるように命じられた時、アブラハムは主の相反する二つの約束が示されたにも関わらず、主を信じて、主の言葉に従います。
 つまり、常に聖霊の働きと御言葉の養いによって支えられ、信仰の確信が与えられ続けることによって、主のお命じになる御言葉に聞き従い、良き業を行う者へと押し出されていくのです。主はすでに、ここに集う一人一人に選びの御計画をもたれ、召しをお与え下さいました。この主の救いは揺るぐことはありません。だからこそ私たちは、この後聖餐式に与ることにより、救いの確信を強めることが出来るのです。
 主は聖霊の働きと共に、御言葉によって、私たちを養い続けて下さいます。それを私たちは主の日毎の礼拝における御言葉の説教と、日々の家庭礼拝において与ります。
 だからこそ、神の選びと召しにある者として、安心しつつ、日々主から与えられる御言葉に聞き、御言葉の養いと祈りによる主との交わりにあり続けていきましょう。


                                     (2008.9.14)
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