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【礼拝説教】  「キリストの威光の目撃者」  辻 幸宏牧師

ペトロの手紙二1章16〜19節

  15 召し出してくださった聖なる方に倣って、あなたがた自身も生活のすべての面で聖なる者となりなさい。16 「あなたがたは聖なる者となれ。わたしは聖なる者だからである」と書いてあるからです。17 また、あなたがたは、人それぞれの行いに応じて公平に裁かれる方を、「父」と呼びかけているのですから、この地上に仮住まいする間、その方を畏れて生活すべきです。18 知ってのとおり、あなたがたが先祖伝来のむなしい生活から贖われたのは、金や銀のような朽ち果てるものにはよらず、19 きずや汚れのない小羊のようなキリストの尊い血によるのです。



序.
 キリスト者は、まだ救いに与っていない人たちに対して伝道することが求められています。しかし、多くのキリスト者は、キリスト者の少ない日本において、どのように伝道すればよいのか、日々格闘しているのです。今日与えられたペトロの言葉には、私たちがキリスト者として伝道していくために大切なことが語られています。

T.伝道
 伝道の妨げとなることは多々ありますが、その一つに異端や新興宗教があるかと思います。エホバの証人、統一教会、オウム真理教などにより、多くの人々が騙され、被害を被ってきました。そして、宗教の恐ろしさが人々の心の中に植え付けられているのです。そしてキリスト教も再臨思想であり、「信じなさい。そうすれば救われる」と語る時、異端・新興宗教と一緒にされ、敬遠される理由の一つに挙げることが出来るかと思います。
 異端・新興宗教では、マインド・コントロールによって、人々の思考を停止させ、語る言葉を信じさせることが問題とされており、振込詐欺にもみられる手口です。
 しかしペトロは「わたしたちは巧みな作り話を用いたわけではありません。」(16)と語ります。「伝道」はキリストを証しすることですが、それは人を巧みな話術で思いこませるのではなく、真実を語ることです。日々の生活の中で、全ての知識を総合的に考えた上で、真理に導く必要があります。非常に遠回りかも知れません。しかし信仰は、日常から離れて存在するものではありません。教会では神さまを信じたけれども、家に帰ってきたら忘れていたでは困るわけです。そのため伝道するには、真実を語り、信頼関係を築くことが大切です。一度語られた失言は、取り戻すことは出来ないのです。人に信頼していただくためには時間をかけなければなりませんが、信頼を失うことは一瞬なのです。

U.キリストの御業の証言者:出来事の真実性
 キリストの復活、人の復活に関して、主の働きがなければ、人は受け入れることが出来です。信仰は、私たちの頭の中にある概念だけでは理解することの出来ない事柄です。いわゆる超自然現象です。頭の中だけで考えると、「作り話」にしか聞こえないのです。この言葉を受け入れるためには、信仰の目を持って、つまり主なる神さまが聖霊を通して働きかけて下さらなければ、理解することは出来ないのです。
 ここでペトロは、キリストの変貌について語ります(参照:ルカ9:28〜36)。聖書は、「いかなる犯罪であれ、およそ人の犯す罪について、一人の証人によって立証されることはない。二人ないし三人の証人の証言によって、そのことは立証されねばならない」(民35:30等)のであり、複数の証言を求めます。キリストの変貌に関しては、福音書を読むことにより、ペトロが、ヨハネ、ヤコブと共に、主イエスに連れられて山に登っていることを、確認することができるのです。そのため、キリストの変貌は、私たちには不思議に思われる出来事ですが、偽証ではないことを聖書は語ります。

V.イエス・キリストは主なる神である!
 そしてペトロはまず「わたしたちは、キリストの威光の目撃をしたのです」と語ります。変貌したキリストに関する証言です。
 主イエス・キリストによって救いが与えられ、神の御国が与えられることを語る時、キリストが何者であるかをはっきりさせなければなりません。キリストは威光を弟子たちにお見せになることにより、神に等しい方、神そのものであることを弟子たちに示されたのです。キリストが単なる人ではなく、神そのものであるからこそ、人には理解しがたいこと、計り知れない出来事(奇跡・復活)であっても、行うことが可能なのです。
 ペトロはこの時は理解できなかったが、主は、イエスさまこそが真の神の御子であり、約束のメシアであることを示されていたのであり、主イエスの十字架と復活に立ち会い、全てを理解したペトロは、今そのことを証言しているのです。
 そしてペトロは「二人は栄光に包まれて現れ、イエスがエルサレムで遂げようとしておられる最期について話していた。」(ルカ9:32)ことを思いだし、モーセとエリヤが語っていたことが、キリストの十字架によって成就したことを理解し、キリストこそが、旧約聖書によって預言されてきた約束の救い主メシアであることが信じたのです。つまり、旧約聖書を知ることにより、キリストの十字架と復活を信じることが出来れば、それに伴う全ての出来事が、旧約聖書の預言と結びついていることが理解でき、理路整然とするのです。
 そして、キリストこそが旧約の時代から預言されてきたメシアであること、キリストは真の神の御子であること、キリストの十字架・十字架の死からの復活は真実であることを、ペトロはここで、「巧みな作り話ではなく、真実である」として証ししています。
 そして、キリストによって指し示されている本宿としての神の国にこそ、私たち人間の最も祝福された状態であることを、ペトロは証ししているのです。


                                     (2008.9.28)
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