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【礼拝説教】  「うそ偽りを語る者」  辻 幸宏牧師

ペトロの手紙二2章1〜3節

 1 かつて、民の中に偽預言者がいました。同じように、あなたがたの中にも偽教師が現れるにちがいありません。彼らは、滅びをもたらす異端をひそかに持ち込み、自分たちを贖ってくださった主を拒否しました。自分の身に速やかな滅びを招いており、2 しかも、多くの人が彼らのみだらな楽しみを見倣っています。彼らのために真理の道はそしられるのです。3 彼らは欲が深く、うそ偽りであなたがたを食い物にします。このような者たちに対する裁きは、昔から怠りなくなされていて、彼らの滅びも滞ることはありません。



T.日本の教会
 現在、宗教に対して人々はどのように感じているのでしょうか。1990年代は、オウム真理教や統一教会の合同結婚式などのため、宗教が恐ろしいものであるとの思いが人々に広まりました。21世紀に入ってからは、それ以上に無関心となっているのではないでしょうか。一方、皇室(国家神道)や創価学会の影響を忘れてはなりません。
 こうした日本にあって、私たちキリスト者が何をすべきでしょうか。教会の礼拝出席者数が人口の1%を超えれば社会的影響力も出てきますが、現状は社会的影響力は低下しています。しかし私たちは周囲の状況がどうであっても、主なる神さまが私たちを救いに導き、信仰をお与え下さったのであり、主の御言葉に聞き従うことが求められているのです。

U.偽教師・異端者
 社会的影響力の少ない日本の教会ですが、なおもサタンは攻撃してきます。彼らは、教会が小さくとも、真理を求めキリストの御言葉に聞き従う教会の力を恐れているのです。だからこそ、サタンの攻撃として偽教師が現れるのです(1)。しかも偽教師は教会の中から出てきます。彼らは「偽」がついても「教師」と呼ばれ、教会で主なる神さまに仕えていた人たちです。ある者は教会を乗っ取ることを目的で、自らの考えを控えて教会に潜入し、後に影響力を持ってから異端者として働きます。一方、当初はそうした思いはなく、純粋に牧師としての働きを行っていた者が、後に異端者として働く場合もあります。
 こうした異端者たちは、表向きは神さまのために働いていますが、実の所はサタンに支配され、聖書が語ることを否定します。キリストを否定し、キリストの十字架をヒテします。ここに巧妙なすり替えがあります。ですから、私たちキリスト者は気をつけておかなければならないのです。エホバの証人、統一教会などですが、「偽教師」は私たちの教会の中から生じてくることも考えられるのです。
 通常、牧師が語る説教は、聖書に従って正しく語られていると考え、無条件に受け入れることが多いかも知れません。ここにサタンはつけ込むのであり、信徒の方々は牧師の語る事だからと鵜呑みにせず、吟味しなければならないのです。特に長老がその任にあたりますが、信徒一人一人が信仰の養いの内に備えなければなりません。

V.キリスト者の対応
 しかし、「自分には誤りを聞き分ける自身がない」と言われる方もいるでしょう。しかしペトロは、キリスト者一人一人が、偽教師を見分ける方法を教えてくれます。
 @彼らは滅びをもたらす異端を密かに持ち込み、自分を贖ってくださった主を拒否いたします(1)。つまり別のものを神とし、聖書の御言葉を否定します。統一教会であれば文鮮明のように、キリストとは違った仲保者・メシアを信じるように求めます。
 A彼らはみだらな楽しみます。数年前、京都の教会で牧師の不品行が問題となりました。また韓国の摂理という教会でも発生しました。こうした問題の多くは、倫理的なこととして片付けがちですが、ここにサタンが入り込んでいる危険性が高いのです。
 B彼らは欲深く、うそ偽りであなた方を食い物にします。統一教会やオウム真理教、新興宗教に見られる現象です。多くの献金を要求し、人々の生活を食い物にします。

 教会は、こうした異端者が現れた時、御言葉に照らして、これらの人々を裁き、教会から除去しなければなりません。そのために教会では、教会会議(小会・中会)が設置されているのです。そして必要に応じて戒規が執行されます。戒規の目的は、@「キリストの栄誉の擁護」、A「違反者の霊的利益と懲治」つまり違反者がその罪を知り、悔い改め、信仰を新たにするためであり、ただ単に切り捨てられるための行為ではありません。それからB「つまづきの除去」、C「教会の純潔および繁栄の増進」です。
 私たち改革派教会においては、このような教会会議を行うことにより、一人の偽教師が実権を握り、教会が腐敗・堕落することから守ることが出来る措置を取っているのです。
 だからこそ、私たちは、サタンの使いとして偽教師が、教会に忍び込んでくるとのペトロの言葉に対して、恐れる必要はありません。
 このように偽教師を確認するマークが与えられていると同時に、キリスト者は、すでに神の子とされているからです。キリスト者は、罪赦されて、永遠の生命が与えられています。この後、聖餐式に与りますが、信仰を告白した者は、キリストの十字架を想起しつつ、同時にキリストによって招かれる、神の国における晩餐に招かれている喜びに生かされているのです。さらに、私たちの地上の生涯の歩みの中に主はおられ、多くの困難、信仰的な揺さぶりにおいても、主は共にいて下さり、救いの道を歩んでいくことができるように、守り、励まし、力づけて下さいます。だからこそ、私たちは説教に招かれ、御言葉に聞き続けること、日々の家庭で御言葉に聞き続けることにより、心配することなく、希望に満たされていることを覚えることが出来るのです。

                                     (2008.10.12)
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