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【礼拝説教】  「約束の実現する日」  辻 幸宏牧師

ペトロの手紙二3章8〜13節

  8 愛する人たち、このことだけは忘れないでほしい。主のもとでは、一日は千年のようで、千年は一日のようです。9 ある人たちは、遅いと考えているようですが、主は約束の実現を遅らせておられるのではありません。そうではなく、一人も滅びないで皆が悔い改めるようにと、あなたがたのために忍耐しておられるのです。
  10 主の日は盗人のようにやって来ます。その日、天は激しい音をたてながら消えうせ、自然界の諸要素は熱に熔け尽くし、地とそこで造り出されたものは暴かれてしまいます。11 このように、すべてのものは滅び去るのですから、あなたがたは聖なる信心深い生活を送らなければなりません。12 神の日の来るのを待ち望み、また、それが来るのを早めるようにすべきです。その日、天は焼け崩れ、自然界の諸要素は燃え尽き、熔け去ることでしょう。13 しかしわたしたちは、義の宿る新しい天と新しい地とを、神の約束に従って待ち望んでいるのです。



序.
 私たちが聖書を読む時、また私たちが日々の生活の中にあって判断が求められる時には、その所ばかりに目を向けるのではなく、視野を広げて考えなければなりません。つまり、空間的には、家族や地域ばかりではなく、主が支配しておられる全世界に目を向けること、時間的には、昨日・今日・明日、せいぜい一ヶ月先を考えるのではなく、主の天地創造の時から、人の罪・イスラエルの罪、キリストの御業、新約の時代、現在、終末の時、神の国の完成にまで、目を向けなければならないのです。つまり、聖書の歴史と私たちの生活を分離してはなりません。両者は同じ歴史の中にあり、聖書の語る罪は私たちにもある罪であり、聖書が教えることは私たちにも語りかけられているのです。

T.時間を支配される神
 主なる神さまは、空間を超え、また時間を超えて存在されている方であります。ですから、ウェストミンスター小教理問答書問4では次のように語ります。
問4 神はどのような方であるか。
答 神は、その存在と知恵、力、聖、義、善、真実において無限、永遠、不変の霊である。
 そして歴史を司られる神さまの下、私たちは存在するのです。しかし私たちは、神さまの御支配の下にあることを忘れ、むしろ環境や周囲の人々との関係性の中で、物事が動いていると考えてしまいます。これは私たち人間の弱さです。

U.主の日を定める神
 また私たちは、地上の生涯の歩みの中、苦しみ、悲しみの中にある時、主に対する不平不満が出てきます。
 では時間を支配しておられる主は、私たちをどこにお導きなのでしょうか。主の天地創造には目的があります。それは神の国の完成です。いま地上は、罪に満ち、罪の刑罰としての滅びがありますが、神さまによって罪赦された神の民は、神の国に導かれ、永遠の祝福に満ちた生命が約束されています。このことこそが被造物である人間の最上の喜びです。神の国の到来への希望を持って、キリスト者は生きているのです。
 私たちは神の憐れみの器として、神の祝福に生かされているのです(ローマ9:19-25)。ちょうど、私たちがものを作ったり、絵を描いたり、何かを執筆したりする時、私たちは、自由に行うことが出来、また自分で気に入らなければ初めからやり直します。それを繰り返し自分の文章、自分の作品にしていくのです。
 そして主の日は、主なる神さまが定めておられるのです。それは主なる神さまが、天地万物を創造し、また時間をも支配し、全ての被造物を治めておられるのであり、主なる神さまが、主の日をも定めておられるのです。被造物である人間が、その日について、早い・遅いと口出しできる事柄ではありません。ただ、主はすべての神の民が主の御許に集められ、誰一人滅びることがないように、忍耐をもって、その時を待っておられます。苦しみの中、迫害の中、信仰を保っている人々からすれば、「早く」との思いがあります。しかし、主の愛は、まだ主の御前に集められていない人々に向かっているのです。主は、彼らの一人が主の御許に戻ってくることに対する大いなる喜びがあるのです(ルカ15章)。

V.主の日の備えをしておけ!
 しかし、私たちにとって主の日は盗人のようにやってきます(10)。つまり、いずれは神さまを信じると語りつつも、自分の力、自分の思いのままに行き、最後の最後になり救われれば良いと考えていると、手遅れになります。自分の思い、自分の欲を優先させ、主の救いの御手を拒絶しているからです。本当に主なる神さまによる救いに与り、永遠の生命を求めるならば、ペトロや主イエスの弟子たちが主イエスの呼びかけにすぐに応えたように、またザアカイがすぐに応えたように(ルカ19:1-10)、私たちも主イエスの呼びかけにすぐに応え、主の言葉に聞き従わなければなりません(11-12)。私たちは、主の御手の中に生命が与えられ、主による救いの御業に入れられているのです。主の御言葉に聞き従うことこそが、神の被造物である私たちにとっての最も祝福されたことです。
 だからこそ私たちの都合で、主を信じる時を定めたり、最後の審判と神の国の到来の時を定めることなど出来ないのです。主こそが天地万物の創造者であり、今なお全世界を治めておられ、そして最後の審判を行われる方です。
ウェストミンスター小教理
 問1 人のおもな目的は何であるか。
 答  人のおもな目的は、神の栄光をあらわし、永遠に神を喜ぶことである。

                                 (2008.11.30)
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