【申命記続講解説教】  辻 幸宏牧師

「主の働き人」  申命記1章9~18節



申命記1章9~18節

  9 そのころ、わたしはあなたたちに言った。「わたしは、ひとりであなたたちの重荷を負うことはできない。10 あなたたちの神、主が人数を増やされたので、今やあなたたちは空の星のように数多くなった。11 あなたたちの先祖の神、主が約束されたとおり、更に、あなたたちを千倍にも増やして祝福されるように。12 しかし、どうしてひとりであなたたちの重荷、もめ事、争いを負えるだろうか。13 部族ごとに、賢明で思慮深く、経験に富む人々を選び出しなさい。わたしはその人たちをあなたたちの長としよう。」14 あなたたちがわたしに答えて、「提案されたことは結構なことです」と言ったので、15 わたしは、あなたたちの部族の長で、賢明な経験に富む人たちを選んで、彼らをあなたたちの長、すなわち千人隊長、百人隊長、五十人隊長、十人隊長とし、また、あなたたちの部族の役人とした。16 わたしはそのとき、あなたたちの裁判人に命じた。「同胞の間に立って言い分をよく聞き、同胞間の問題であれ、寄留者との間の問題であれ、正しく裁きなさい。17 裁判に当たって、偏り見ることがあってはならない。身分の上下を問わず、等しく事情を聞くべきである。人の顔色をうかがってはならない。裁判は神に属することだからである。事件があなたたちの手に負えない場合は、わたしのところに持って来なさい。わたしが聞くであろう。」18 わたしはそのとき、これらすべてのことをあなたたちのなすべきこととして命じた。




Ⅰ.約束を成就して下さる主
 イスラエルは、荒れ野の40年の歩みを終え、約束の地カナンに入ろうとしています。これは、主がモーセを召し出し、イスラエルを救い出す約束(出エジプト3:8-10)をしたことの成就です。同時にアブラハムに対して約束の成就でもあります(創世記15:13-14)。主なる神さまが約束して下さったことは、必ず成し遂げられるのです。
 そしてこのことは、主がアブラハムに対して語られたもう一つの約束、「あなたの子孫はこのように(星)のようになる」ことの成就です。しかし、主はイスラエルを数的に祝福して下さっただけではありません。烏合の衆ではないのです。イスラエルの民、神の民として、秩序ある組織にして下さったのです。
 私たちが讃美をする時、調和が求められます。自分一人がうまいからと言って、大きな声で歌ったとしても、ハーモニーにはなりません。会衆の奏でる歌に合わせて歌うことにより、ハーモニーとなり、会衆が一つとなるのです。調和が求められます。主はモーセによりイスラエルの民に秩序を保つように裁き司を立て、イスラエルの民が、主の祝福を受けるために、主の御前で一つとなることが求められたのです。

Ⅱ.神の民としての一致を求めるモーセ
 新共同訳聖書で9節「そのころ」と訳します。非常に曖昧な言葉です。「あの時」と訳すべき言葉です。出エジプト18:12-26、つまりモーセがシナイ山に登り、十戒を授かる直前のことです。
 イスラエルの民がエジプトを脱出したのは、壮年男子だけで60万人です(出エジプト12:37)。エジプトを脱出してからシナイ山に来るまでは、それこそ一生懸命であったので、モーセが先頭に立って、イスラエルの民の皆が聞き従いました。しかし次第に平穏を取り戻すと、人々はめいめい自分勝手になり、不平不満を語り、犯罪も生じるのです。出エジプト記17章では、飲み水を要求してします。こうした要求は氷山の一角であり、イスラエルの民の中にいろいろな不平不満が溜まっていくのです。それぞれの問題を解決するために、モーセが一人で裁判官となり、人々の前に立っていたのです。
 この時に、モーセのしゅうとエトロが主の知恵をモーセに授けます。それが裁き司を民の上に立てることでした(18:21)。モーセは、このしゅうとの言葉を主から与えられた知恵して聞き、その勧めを実行します(18:24)。秩序を保つとは、上に立つ者も他人の声に耳を傾け、主によって備えられた良いものであれば率直に取り入れるのです。その上で会衆は、上に立てられた者の秩序に従うのです。ここに一致が生まれるのです。
 約束の地に入ろうとするイスラエルに対して、モーセは再確認いたします。世代交代です。トップにモーセがいる時、モーセを中心に秩序が保たれていました。しかしモーセが退いた途端に秩序が崩壊し、混乱に陥ることもあり得るのです。だからこそ、約束の地に着いて指導者が替わったとしても、神の教会を立て上げることでは、まったく変更することなく、神の御国に向かう民として一致することを、モーセは改めて確認するのです。

Ⅲ.私たちの教会に求められる一致
 私たちにとって、関係のない話しが語られているのでしょうか? 私たちは、この地にキリストの教会を立て上げるために召されています。教会は牧師が先頭に立っています。しかし牧師が代わっても教会はあり続けます。それはモーセの時代も、現代も同様です。そのためには、教会は牧師一人に何もかも委ねていてはならないのです。主は、各々に異なった賜物をお与え下さったのです(1コリ12:12-31)。それを用いて、奉仕・伝道・聖徒の交わりを行うことが求められるのです。一人ひとりが自分に出来ることを行っていくことにより、教会はハーモニーを奏で、成長していくのです。
 モーセが求めていたのは裁判官です。今、教会を立て上げることでは、長老・執事といえるでしょう。千人隊長だと私たちには関係ないと思ってしまいますが、十人隊長だと、必要性が理解できます。この教会でも二人立てられてよいのです。こうして立てられた長老や執事たちが、牧師と共に教会形成と伝道に励むのです。伝道所としてだから、親教会任せでいれば、いつまで経っても伝道所のままで、教会設立は実現しません。教会設立に向け心を一つにして思うのであれば、この群れの中から長老・執事としての召しが与えられた人々が立てられ、親教会に任職して頂くようになっていかなければなりません。
 どのような人が裁き司や長老・執事として立てられるのか? 13節「賢明で思慮深く、経験に富む人々を選び出しなさい」。私たちの教会の教会規定においても、長老の資格・執事の資格が定められています。教会規定第54条(治会長老の資格)この職務を担当する者は、健全な信仰を持ち、家をよく治め、生活に恥じるところがなく、言葉と行いにおいて、群れの模範である男子でなければならない。第57条(執事の資格)この職務を担当する者は、霊的品性を持ち、模範となる生活を送り、家を治め、よい名声を持ち、あたたかい同情心と健全な判断力を持つ者でなければならない。
 祈りつつ、各々がその召しを確認していかなければなりません。それは他人任せではいけません。これらの役職に対する召しがない人たちも、この教会において自分の与えられた役目、使命を、主の御前に顧み、この教会において必要なハーモニーは何か、それを祈り求めつつ、行動しなければなりません。主は、イスラエルに約束を成就し、大いなる祝福をお与え下さったのです。そして私たちは、この地にキリストの教会を立て上げることを主によって約束し、教会形成を行っているのです。

                                     (2012.4.29)

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