【礼拝説教】  「世の初め」  辻 幸宏牧師



  創世記1章1〜5節(新共同訳聖書)

1:1 初めに、神は天地を創造された。
1:2 地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。
1:3 神は言われた。「光あれ。」こうして、光があった。
1:4 神は光を見て、良しとされた。神は光と闇を分け、
1:5 光を昼と呼び、闇を夜と呼ばれた。夕べがあり、朝があった。第一の日である。


 今日から、創世記の学びに入ります。私たちが天地創造の学びをする時、歴史的知識の蓄積や科学の究明となってはなりません。また神話や昔話として読んでもなりません。現在ではビックバンや進化論が定説とされ学校でも教えられています。しかしそれらは科学的な研究が始められて300年程度に過ぎません。半減期は変化しないことが前提となっています。天地創造の時代に現代と同じ基準を用いること事態仮説です。
 しかし主なる御神様は、予め最初から最後までのことをすべて定められ、天地万物の創造を開始し、それを文書として記録に残すことをされたのです。つまり私たちが天地創造を学ぶことにより、私たち人間がどの様な意図で神様が創造して下さったのかを確認し、また私たちの本来あるべき姿と行き着くべき場所を確認することが出来るのです。ですから、今日、新約聖書の一番最後の言葉をお読みしましたが、キリストの再臨と救いの約束を覚えつつ、天地創造を読み進めなければなりません(参照:改革派教会60周年記念宣言「終末の希望についての信仰の宣言」第3次案)。 2.約束された終末 (創造と終末) 神は、御子を万物の相続者として定め、御子によって世界を極めて良く創造されました。神はまた、御自分に似せて人を創造し、これと命の契約を結ばれました。それは、人が神を知って崇め、神との命の交わりの喜びに生き、地を治めて神の国の完成に奉仕し、神の栄光を現すためでした。

 1「初めに、神は天地を創造された。」この言葉は、2節から2章3節までを一言でまとめて語っています。ここから非常に重要なことを2つ確認することが出来ます。第一にこれが全ての最初の行為であり、時間はこの時から始まったのです。永遠という言葉がありますが、神様が創造された世界は、永遠から永遠にいたるのではありません。時間には最初があり、最後を見据えて主はお創りになられたのです。
 第二に、天地創造は1回限りの出来事です。現代科学では、生物が日々進化して、今なお進化し続けていると考えます。しかし、主なる神様の創造の御業は6日間なのです。つまり動物や植物の中に様々な種が出来、分類されたのは、6日間で行われたのです。もちろん、発展・発達・進歩といったことは、日々行われていることでしょうが、それらと種が変化するという進化とは全く異なったことです。しかし、創造の6日間が現在で語る1日24時間としての6日間であったかどうか、聖書は語っていません。ですから科学者たちが、何千万年・何億年で進化したと語るのは、神様の創造の御業の順序に従っているだけであり、それを神様の御業としての1日・2日といった時間でなされた行為であったということが出来ます。そうすれば、現在の世界にあって、種が進化していることが実際に観察され、実証出来ない事実から、予測に基づく進化が、実は神様の創造の御業であると言えるのではないでしょうか。
 天地万物の創造の御業は、父なる神様のご計画に基づき、御子が言葉を発し、霊が動かれることにより成されたのであり、三位一体なる神様の御業です(1:2-5、参照:ウェストミンスター信仰告白4:1)。言い換えれば主なる神様の御業がなければ世界は動かないのです。参照ウェストミンスター信仰告白第4章「創造について」1節 父・子・聖霊なる神は、その永遠の力と知恵と慈しみの栄光を現すため、初めに、世界とその中の万物を目に見えるものも見えないものも、六日間で、創造すること、すなわち、無から造ること、をよしとされた。−そして、すべては極めて良かった(松谷好明訳)。私たちは、この夏は暑く、被害をもたらす台風が多かったため、「異常気象なのだ」と言います。しかし全ては主なる神様が働かれなければ、世が動くことはないのです。つまり気象も地震もすべて主なる神様が御支配により、私たちに与えられているのです。神様は、天地万物を創造される時だけ、働かれ、あとは自然の流れに任せておられるお方ではないのです。私たちは、自然の働きを見て、自らの小ささ、何もできない者であることを確認し、主が生きて働いておられることを覚えなければなりません。そしてその時、全てを御支配になられている主なる神様を信じて、従うことが求められていくのです。
 主なる神様は、創造の御業を極めて良く成し遂げて下さったように、あなたの救いの御業をもご計画され、そして今働いて下さっています。父なる神様のご計画に従い、御子、つまり受肉したイエス・キリストは、私たちの罪を贖うために十字架にお架かり下さり死と復活を遂げて下さいました。そしてそのキリストの御業による救いが、あなたにもたらされていますよと、聖霊が今もあなたに働きかけて下さっているのです。そしてキリストは、再臨し、神様を信じる者を救い、神の国に導いて下さいます。
                                              (2004.10.3)



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