【礼拝説教】  「信仰の継承」  辻 幸宏牧師



  創世記5章1〜32節、ヘブライ人への手紙11章1〜7節(新共同訳聖書)


 今日も私たちは創世記からの御言葉に聴こうとしていますが、イスラエルに繋がる旧約の民に取りましては、まだ救い主である御子が現れていませんでした。そのため、彼らにとって救いの確信を得るためには、信仰の父であるアブラハムに、さらに遡りアダムそして主なる神様に繋がっていることが、非常に重要な事でした。しかしこの系図が、現代に生きる私たちにとって価値のないものかと言えばそうではありません。主なる神様は、この系図からも、多くのことを私たちにお教え下さっています。
 最初に私たちが系図を読む時の注意を確認します。聖書に記されている系図は、3・7・10・14代と完全数に世代を区切っています。これは偶然の数字ではなく、意図された数字であり、「〜の子」と聖書が記す時、「〜の子孫」の意味で途中の世代を省いていることもあるのです。ですから、聖書に記されている年齢を単純に足し合わせても、その世代間の年数を割り出すことは出来ませんし、そのようなことを聖書は求めていません。また、今日の個所では、900年を超える寿命が記されていますが、ここはまだノアの洪水の前であることを考慮すべきであり、神話と決めつけてはなりません。ノアの洪水の後、寿命が120年となっていくのです(6:3)。私たちは寿命が長いことに注目するのではなく、生きる者と創造された人が、寿命が与えられ死ぬものとなったことに目を向けなければなりません。
 また私たちが系図を読む時に着目すべきことは、他と異なった記述の仕方がある個所です。ここではアダム(3-5)・エノク(21-24)・メレク(28-31)の所にあたります。
 1〜2節では、神様によって人が創造されたことを確認します(1章)。人はアダムによって始まったのではなく、神様によって創造されたことを忘れてはならないのです。また「人と名付けられた」(2)とありますが、これは「アダム」(口語訳・新改訳)となっており、どちらにも訳せるのです。つまりアダムとは人の代表する者であり、創造時の永遠の生命も、生命の契約(2:16-17)も、彼が代表者として全ての人と結ばれたのです。だからこそ、アダムの罪により、人が死ぬこととなったのです。
 アダムに生まれたセトは「自分に似た、自分にかたどった男の子」(3)でした。これはカインやアベルにはなかったことです。神様がアダムを創造された時の約束(1:26)はセトに受け継がれます。そして旧約聖書では長子の権として神様からの一方的な祝福は受け継がれていきます。祝福とは、神様からの一方的な恵みですが、自分一人の内に止めておくことなく、子供たちに、そして多くの人たちに受け継がれていかなければなりあません。
 次にエノク(「従う者」の意)に注目します(24)。アダム以来、全ての者が死にますがが、彼は神が取られます。つまり天に上げられたのです。これは、死ぬ者とされた人が、なおも神様の恵みによって永遠の生命が与えられることを証ししているものであり、現在に生きる私たちにとっても大きな喜びです。クリスマスにお生まれ下さった御子が十字架の死から復活され、天に昇られたように、人も天に上げられるのです。そのことを聖書はエノクとエリヤによって証ししているのです。これは彼の信仰が認められたのであり(ヘブライ11:5)、神様を信じる者は、信仰によって天に上げられる祝福が約束されているのです。
 一方神様の恵みと祝福を忘れ自分の力で生きようとすると、自分の力を誇ることとなります。それがレメク(「力強い若者」の意)(4:19-24)によって語られます。彼は自らの力を誇り2人を妻とします。また息子トバル・カインは青銅や鉄で武具を作る者となります。そして彼の言葉「カインのための復讐が7倍なら メレクのためには77倍」これは自らの力を誇り、自分を神としている姿の表れです。ここに主なる神様の全くいなくなったレメクの罪と、信仰の故に主の祝福が与えられたエノクの違いが示されます。
 旧約のイスラエルの民には、主イエス・キリストの救いがまだ示されていませんでした。しかし彼らは神に似せて、神にかたどって創造されたことを受け入れ、主を信じ従いました。そして罪の赦しと救い、永遠の生命が約束されているのです。「信仰とは、望んでいる事柄を確信し、見えない事実を確認することです。昔の人たちは、この信仰のゆえに神に認められました。信仰によって、わたしたちは、この世界が神の言葉によって創造され、従って見えるものは、目に見えているものからできたのではないことが分かるのです」(ヘブライ11:1-3)。
                                              (2004.12.12)
COPYRIGHT(C) 2004 日本キリスト改革派大垣教会  ALL RIGHTS RESERVED



戻る