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【礼拝説教】  「主の助けと主の裁き」  辻 幸宏牧師

創世記19章1〜29節

19:1 二人の御使いが夕方ソドムに着いたとき、ロトはソドムの門の所に座っていた。
    ロトは彼らを見ると、立ち上がって迎え、地にひれ伏して、
19:2 言った。「皆様方、どうぞ僕の家に立ち寄り、足を洗ってお泊まりください。そして、
    明日の朝早く起きて出立なさってください。」彼らは言った。「いや、結構です。
    わたしたちはこの広場で夜を過ごします。」
19:3 しかし、ロトがぜひにと勧めたので、彼らはロトの所に立ち寄ることにし、彼の家を訪ねた。
    ロトは、酵母を入れないパンを焼いて食事を供し、彼らをもてなした。
19:4 彼らがまだ床に就かないうちに、ソドムの町の男たちが、若者も年寄りもこぞって
    押しかけ、家を取り囲んで、
19:5 わめきたてた。「今夜、お前のところへ来た連中はどこにいる。ここへ連れて来い。
    なぶりものにしてやるから。」
19:6 ロトは、戸口の前にたむろしている男たちのところへ出て行き、後ろの戸を閉めて、
19:7 言った。「どうか、皆さん、乱暴なことはしないでください。
19:8 実は、わたしにはまだ嫁がせていない娘が二人おります。皆さんにその娘たちを
    差し出しますから、好きなようにしてください。ただ、あの方々には何もしないでください。
    この家の屋根の下に身を寄せていただいたのですから。」
19:9 男たちは口々に言った。「そこをどけ。」「こいつは、よそ者のくせに、指図などして。」
    「さあ、彼らより先に、お前を痛い目に遭わせてやる。」そして、ロトに詰め寄って
    体を押しつけ、戸を破ろうとした。
19:10 二人の客はそのとき、手を伸ばして、ロトを家の中に引き入れて戸を閉め、
19:11 戸口の前にいる男たちに、老若を問わず、目つぶしを食わせ、戸口を分からなくした。
19:12 二人の客はロトに言った。「ほかに、あなたの身内の人がこの町にいますか。あなたの
    婿や息子や娘などを皆連れてここから逃げなさい。
19:13 実は、わたしたちはこの町を滅ぼしに来たのです。大きな叫びが主のもとに届いたので、
    主は、この町を滅ぼすためにわたしたちを遣わされたのです。」
19:14 ロトは嫁いだ娘たちの婿のところへ行き、「さあ早く、ここから逃げるのだ。主がこの町を
    滅ぼされるからだ」と促したが、婿たちは冗談だと思った。
19:15 夜が明けるころ、御使いたちはロトをせきたてて言った。「さあ早く、あなたの妻とここに
    いる二人の娘を連れて行きなさい。さもないと、この町に下る罰の巻き添えになって
    滅ぼされてしまう。」
19:16 ロトはためらっていた。主は憐れんで、二人の客にロト、妻、二人の娘の手をとらせて
    町の外へ避難するようにされた。
19:17 彼らがロトたちを町外れへ連れ出したとき、主は言われた。「命がけで逃れよ。後ろを
    振り返ってはいけない。低地のどこにもとどまるな。山へ逃げなさい。さもないと、滅びる
    ことになる。」
19:18 ロトは言った。「主よ、できません。
19:19 あなたは僕に目を留め、慈しみを豊かに示し、命を救おうとしてくださいます。しかし、
    わたしは山まで逃げ延びることはできません。恐らく、災害に巻き込まれて、死んで
    しまうでしょう。
19:20 御覧ください、あの町を。あそこなら近いので、逃げて行けると思います。あれは
    小さな町です。あそこへ逃げさせてください。あれはほんの小さな町です。どうか、
    そこでわたしの命を救ってください。」
19:21 主は言われた。「よろしい。そのこともあなたの願いを聞き届け、あなたの言うその町は
    滅ぼさないことにしよう。
19:22 急いで逃げなさい。あなたがあの町に着くまでは、わたしは何も行わないから。」そこで、
    その町はツォアル(小さい)と名付けられた。
19:23 太陽が地上に昇ったとき、ロトはツォアルに着いた。
19:24 主はソドムとゴモラの上に天から、主のもとから硫黄の火を降らせ、
19:25 これらの町と低地一帯を、町の全住民、地の草木もろとも滅ぼした。
19:26 ロトの妻は後ろを振り向いたので、塩の柱になった。
19:27 アブラハムは、その朝早く起きて、さきに主と対面した場所へ行き、
19:28 ソドムとゴモラ、および低地一帯を見下ろすと、炉の煙のように地面から煙が立ち上っていた。
19:29 こうして、ロトの住んでいた低地の町々は滅ぼされたが、神はアブラハムを御心に留め、
    ロトを破滅のただ中から救い出された。


 主なる神様は、義であられ、不義をそのまま赦すことが出来ないお方です。そのため、神様を信じることなく、不義を繰り返す者たちに対する裁きを行われます。このことは、終末的な出来事でありますが、ノアの洪水、そしてここのソドムとゴモラの滅ぼしによって、それが実際になされることを警告されます。また主の裁きは、旧約聖書における聖戦という形で、イスラエルの周辺の国々に対してなされていきますが、現在においては主が直接裁かれることは、最後の審判まで、暫く猶予しておられます。
 主はソドムとゴモラの罪が非常に重いことを指摘します(18:20)。しかし同時に、アブラハムに対して主は、その場に正しい者がいれば裁かれることはないことを約束して下さいました(18章後半)。それは一人でも正しい人がいれば裁くことがないのです(エレ5:1)。
 そのため主は、ソドムを裁くに先立ち、そこにいる正しい者を救い出すために、主は二人の御使いをソドムのロトの所につかわします。
 つまり、私たちが常に覚えておかなければならないことは、主による救いの業は、常に終末的な出来事であり、終末においては最後の審判だけをイメージするのではなく、神の国が完成することをイメージしなければならないのです。
 ロトは、ソドムの門の所に座っていました。町の門は、都会の生活の中心に位置しており、門の周囲で、裁判が行われたり、物の取引がなされ、門が司法や商業の中心であったのです。ですから門の所に座っておりますと、町の状況がつぶさに理解できるのです。従って、ソドムの町が不正に満ち、裁きに値するような状況にあったことを、ロト自身も気が付いていたでしょう(二ペトロ2:7)。つまり、社会情勢を客観的に観察を行うことにおいて、そこで何がなされているか、よく見えてくるのです。一つの事ばかりを集中して見ていれば見えてこない事実も、全体を見渡し、客観的に判断することにより、見えてくるものがあるのです。こういうものの考え方が、私たちにも求められているのです。
 そうした中、ロトは二人を迎え入れます。旅人である客人を丁重にもてなすことが常であったのですが、ここでロトの思いは、この客人が、罪に満ちた町の他の人の所に迎え入れられることが耐えられない事であったのでありましょう。
 そうした中ソドムの男たちがやって来ます(4-5)。ここに大きな誤訳があります。「なぶりものにしてやるから」とではなく、「彼らをよく知りたいのだ」と訳すべきです。「知る」とは普通の動詞であり、暴力的な訳は全くありません。ここでは暴力的なイメージではなく、性的な乱れを語っているのです。つまり若者から年寄りまでもが、性的に、倫理的に乱れきっている世界がここに映し出されてくるのです。
 このロトの行為は、客人に対して、もてなし、安全を守ろうとする意図は感じられるのですが、それでもなお、娘を姦淫される場に差し出すと言うことは、到底、受け入れられない行為であったことは確かでありましょう(6-8)。ロトは客観的には、町中の罪に汚れた状況を理解していましたが、同時に、知らず知らずのうちに罪に染まっていたのです。つまり感覚が麻痺して、重大な罪であることが分からない状況になっていたのです。
 しかしなお、新約聖書ではロトを「正しい人」と語ります。それは主の選びにあったからですが、同時に町の人々の行う罪には荷担していなかった(9)故でもあったのです。
 こうした中、二人の客人は、ロトとその家族を救い出して下さいます。主の救いとは、家族にまで及びます。「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたも家族も救われます。」(使徒16:31)しかし、ソドムに育ったロトの娘の婿たち、つまりロトの娘の婚約者たちは、それを信じることが出来なかったのです。主の救いが語られても、それを否定する人は、自らの意志で罪の故の裁きに入れられていくのです。
 ロトはたらいます(16)。人は優柔不断です。言葉で語られても、なかなか行動に移すことは出来ないのです。それが弱さです。差し迫った裁きを、頭で理解しても、実感せず、行動に移すことが出来ないのです。そうしたロトに対して、主は憐れんで、手をとって、いわば強引にロトと家族を町の外に非難させます。つまり、主の救いは、私たちの思いとは裏腹に、主によって一方的な恵みとして与えられるのです。「なぜ?」と疑問に思う前に、主がその手を引っ張って行き、あなたが生きているのは、主が救って下さったからであるということを、理解させるように、主は、私たちに働きかけて下さるのです。
 そして、主によって捉えられ、救いに導かれた者は、主の御言葉、主の命令に従うことにより、その救いが確実なものとされていくのです。その時、出来なければロトの如くに、率直に主に尋ね、主の命令が達成できるものとなっていかなければならないのであり、ロトの妻のように、主の命令を自分勝手に解釈し、主の命令を破ってはならないのです。

 19:29 こうして、ロトの住んでいた低地の町々は滅ぼされたが、神はアブラハムを御心に留め、ロトを破滅のただ中から救い出された。

 2ペトロ2:6-9 また、神はソドムとゴモラの町を灰にし、滅ぼし尽くして罰し、それから後の不信心な者たちへの見せしめとなさいました。しかし神は、不道徳な者たちのみだらな言動によって悩まされていた正しい人ロトを、助け出されました。なぜなら、この正しい人は、彼らの中で生活していたとき、毎日よこしまな行為を見聞きして正しい心を痛めていたからです。主は、信仰のあつい人を試練から救い出す一方、正しくない者たちを罰し、裁きの日まで閉じ込めておくべきだと考えておられます。


                                              (2005.6.26)
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