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【礼拝説教】  「ヤコブの子供たち」  辻 幸宏牧師

創世記29章31〜30章24節

29:31 主は、レアが疎んじられているのを見て彼女の胎を開かれたが、
    ラケルには子供ができなかった。
29:32 レアは身ごもって男の子を産み、ルベンと名付けた。それは、彼女が、
    「主はわたしの苦しみを顧みて(ラア)くださった。これからは夫もわたしを
    愛してくれるにちがいない」と言ったからである。
29:33 レアはまた身ごもって男の子を産み、「主はわたしが疎んじられていることを
    耳にされ(シャマ)、またこの子をも授けてくださった」と言って、シメオンと名付けた。
29:34 レアはまた身ごもって男の子を産み、「これからはきっと、夫はわたしに
    結び付いて(ラベ)くれるだろう。夫のために三人も男の子を産んだのだから」
    と言った。そこで、その子をレビと名付けた。
29:35 レアはまた身ごもって男の子を産み、「今度こそ主をほめたたえ(ヤダ)よう」
    と言った。そこで、その子をユダと名付けた。しばらく、彼女は子を産まなくなった。

30:1 ラケルは、ヤコブとの間に子供ができないことが分かると、姉をねたむようになり、
    ヤコブに向かって、「わたしにもぜひ子供を与えてください。与えてくださらなければ、
    わたしは死にます」と言った。
30:2 ヤコブは激しく怒って、言った。「わたしが神に代われると言うのか。
    お前の胎に子供を宿らせないのは神御自身なのだ。」
30:3 ラケルは、「わたしの召し使いのビルハがいます。彼女のところに入ってください。
    彼女が子供を産み、わたしがその子を膝の上に迎えれば、彼女によってわたしも
    子供を持つことができます」と言った。
30:4 ラケルはヤコブに召し使いビルハを側女として与えたので、ヤコブは彼女のところに入った。
30:5 やがて、ビルハは身ごもってヤコブとの間に男の子を産んだ。
30:6 そのときラケルは、「わたしの訴えを神は正しくお裁き(ディン)になり、わたしの願いを
    聞き入れ男の子を与えてくださった」と言った。そこで、彼女はその子をダンと名付けた。
30:7 ラケルの召し使いビルハはまた身ごもって、ヤコブとの間に二人目の男の子を産んだ。
30:8 そのときラケルは、「姉と死に物狂いの争いをして(ニフタル)、ついに勝った」と言って、
    その名をナフタリと名付けた。
30:9 レアも自分に子供ができなくなったのを知ると、自分の召し使いジルパを
    ヤコブに側女として与えたので、
30:10 レアの召し使いジルパはヤコブとの間に男の子を産んだ。
30:11 そのときレアは、「なんと幸運な(ガド)」と言って、その子をガドと名付けた。
30:12 レアの召し使いジルパはヤコブとの間に二人目の男の子を産んだ。
30:13 そのときレアは、「なんと幸せなこと(アシェル)か。娘たちはわたしを幸せ者と
    言うにちがいない」と言って、その子をアシェルと名付けた。
30:14 小麦の刈り入れのころ、ルベンは野原で恋なすびを見つけ、母レアの
    ところへ持って来た。ラケルがレアに、「あなたの子供が取って来た恋なすびを
    わたしに分けてください」と言うと、
30:15 レアは言った。「あなたは、わたしの夫を取っただけでは気が済まず、
    わたしの息子の恋なすびまで取ろうとするのですか。」「それでは、あなたの
    子供の恋なすびの代わりに、今夜あの人があなたと床を共にするようにしましょう」と
    ラケルは答えた。
30:16 夕方になり、ヤコブが野原から帰って来ると、レアは出迎えて言った。
    「あなたはわたしのところに来なければなりません。わたしは、息子の
    恋なすびであなたを雇ったのですから。」その夜、ヤコブはレアと寝た。
30:17 神がレアの願いを聞き入れられたので、レアは身ごもってヤコブとの間に
    五人目の男の子を産んだ。
30:18 そのときレアは、「わたしが召し使いを夫に与えたので、神はその報酬(サカル)を
    くださった」と言って、その子をイサカルと名付けた。
30:19 レアはまた身ごもって、ヤコブとの間に六人目の男の子を産んだ。
30:20 そのときレアは、「神がすばらしい贈り物をわたしにくださった。今度こそ、夫は
    わたしを尊敬してくれる(ザバル)でしょう。夫のために六人も男の子を産んだの
    だから」と言って、その子をゼブルンと名付けた。
30:21 その後、レアは女の子を産み、その子をディナと名付けた。
30:22 しかし、神はラケルも御心に留め、彼女の願いを聞き入れその胎を開かれたので、
30:23 ラケルは身ごもって男の子を産んだ。そのときラケルは、「神がわたしの恥を
    すすいでくださった」と言った。
30:24 彼女は、「主がわたしにもう一人男の子を加えてくださいますように(ヨセフ)」と
    願っていたので、その子をヨセフと名付けた。



 ヤコブは、兄エサウと対立し、伯父ラバンとも対立し、さらにヤコブが結婚した姉妹(ラケルとレア)の対立へと発展していきます。これらはいずれもヤコブの不信仰の故の主の懲らしめであることは否めません。特にラケルとレアの対立は、ヤコブが二人と結婚したことにあります。ヤコブは妹ラケルを愛し、姉レアは疎んじたからです。
 問題の本質は人間の側にあります。しかし主はその全てを御覧になられ、憐れんで下さり、レアの胎を開いて下さいます(31)。主は人の弱さ、苦しみ、悲しみを知っておられます。そして御自身が主体的に御業をなして、物事を解決するよう働いて下さいます。ここでレアは相次いで、@ルベン、Aシメオン、Bレビ、Cユダと四人の子供たちを授かります。主からの祝福は、常にレアにあり、子供たちが育つ様子を伺いながら、レアは喜びを感じていました。
 一方ヤコブに愛されていたはずのラケルは、主によって不妊の女となります(31)。アブラハムの妻サラ、イサクの妻リベカ同様に、苦しむのです。しかしさらには主からのアブラハムへの約束があり、リベカには双子が生まれる時、主からの約束がありました。しかしラケルにはそうした主の約束が与えられていません。それは同時にラケルも主に祈り求める姿が全くなく、悲しみと憤りは姉のレアに、夫ヤコブをねたむ様になります(30:1)。人間的・感情的な言葉が発せられます。そしてこの言葉は主への責任転嫁です。この様に日々の信仰生活はないが、自らの苦しみの時のみ感情的に主に訴える姿は、アブラハムの時代にはなく、世俗化した姿を露呈しており、ヤコブとラケルの信仰が問われています。
 それに対し、ヤコブは「お前の胎に子供を宿らせないのは神御自身なのだ」(2)と答えます。この答えは、主の臨在と主の摂理を語る上では、正解です。しかしこれはヤコブの逃げの答えでもあり、神への責任転嫁です。主がラケルの胎を閉ざされたには原因があり、主の御意志があるのですが、それをヤコブは主に問いかけることはしません。ラケルとの間に子供が出来なかったヤコブ自身の焦りもここにあったことでしょう。
 こうしたヤコブの言葉に対して、ラケルは信仰的に答えず、人間的な行動を起こします。つまりサラがアブラハムに女奴隷ハガルを与え、イシュマエルを身ごもらせ、自らの子供としたように、ラケルは召し使いビルハをヨセフに与え、DダンとEナフタリを得ます。
 ダンとは「わたしの訴えを神は正しくお裁きになる」(6)から命名されており、神の名を枕詞としてしか用いない第三戒違反であり、世俗化された信仰を特徴づけています。
 すると、レアも召し使いジルパをヤコブに与え、Fガド、Gアシェルを得ます。
 しかし、ラケルはなおも自らの子供が生むことを諦めず、次に不妊治療を行います。恋なすびは、性欲増進・妊娠促進の薬効があると信じられており、ラケルはその恋なすびをあえて恋敵であるレアに頼み込むことにより得ようとします。レアは無条件に要求を受け入れることはなく、ヤコブと一晩床を共にすることを求めます。これらの行為を見ておられる主は、ラケルではなくレアに子供を授けます(Hイサカル、Iゼブルン、◇ディナ)。主は不信仰な中にあってもレアの苦しい立場を理解し、願いを聞き入れて下さいます。
 しかし主はラケルの苦しみもご存じで、主はラケルの胎を開いて下さいました(22)。これがJヨセフであり、ラケルのもう一人の子Kベニヤミン(35:18)を含め12名となります。
 ここで登場するヤコブ、ラケル、レアのいずれも、主の名を語りますが、不信仰者でした。しかし、主はその彼らをつぶさに御覧になられ、主の御業を成し遂げて下さいました。これが主の愛です。そしてこの12人を祝福し、イスラエルの12部族が形成され、アブラハムへの主の約束が成就されていきます。そして霊的にこのイスラエルに属し、12部族に属している全ての民が、神の国の祝福に与ることを約束されています(黙示録7:1-8)。
 そして、この場で礼拝を献げている私たちも、霊的にイスラエルの民とされて、主の祝福に満たされています。主の一方的な恵みの業を、私たちは受け入れることが求められています。つまり主の存在を受け入れ、主のお語りになる御言葉に聞き従うことです。そして主の御言葉に忠実であり、自分で限界を設けたり、御言葉を果たせなくても良しとするものではありません。私たちも霊的イスラエルとして、神の国の民とされているのです。主の御業に感謝しつつ、主の御言葉に聞き従い、主に祈り続けましょう。

                                            (2005.11.13)
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