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【礼拝説教】  「夢による啓示」  辻 幸宏牧師

創世記41章1〜36節

  1 二年の後、ファラオは夢を見た。ナイル川のほとりに立っていると、2 突然、つややかな、よく肥えた七頭の雌牛が川から上がって来て、葦辺で草を食べ始めた。3 すると、その後から、今度は醜い、やせ細った七頭の雌牛が川から上がって来て、岸辺にいる雌牛のそばに立った。4 そして、醜い、やせ細った雌牛が、つややかな、よく肥えた七頭の雌牛を食い尽くした。ファラオは、そこで目が覚めた。5 ファラオがまた眠ると、再び夢を見た。今度は、太って、よく実った七つの穂が、一本の茎から出てきた。6 すると、その後から、実が入っていない、東風で干からびた七つの穂が生えてきて、7 実の入っていない穂が、太って、実の入った七つの穂をのみ込んでしまった。ファラオは、そこで目が覚めた。それは夢であった。8 朝になって、ファラオはひどく心が騒ぎ、エジプト中の魔術師と賢者をすべて呼び集めさせ、自分の見た夢を彼らに話した。しかし、ファラオに解き明かすことができる者はいなかった。
  9 そのとき、例の給仕役の長がファラオに申し出た。
 「わたしは、今日になって自分の過ちを思い出しました。
10 かつてファラオが僕どもについて憤られて、侍従長の家にある牢獄にわたしと料理役の長を入れられたとき、11 同じ夜に、わたしたちはそれぞれ夢を見たのですが、そのどちらにも意味が隠されていました。12 そこには、侍従長に仕えていたヘブライ人の若者がおりまして、彼に話をしたところ、わたしたちの夢を解き明かし、それぞれ、その夢に応じて解き明かしたのです。13 そしてまさしく、解き明かしたとおりになって、わたしは元の職務に復帰することを許され、彼は木にかけられました。」
  14 そこで、ファラオはヨセフを呼びにやった。ヨセフは直ちに牢屋から連れ出され、散髪をし着物を着替えてから、ファラオの前に出た。15 ファラオはヨセフに言った。
 「わたしは夢を見たのだが、それを解き明かす者がいない。聞くところによれば、お前は夢の話を聞いて、解き明かすことができるそうだが。」
  16 ヨセフはファラオに答えた。
 「わたしではありません。神がファラオの幸いについて告げられるのです。」
  17 ファラオはヨセフに話した。
 「夢の中で、わたしがナイル川の岸に立っていると、18 突然、よく肥えて、つややかな七頭の雌牛が川から上がって来て、葦辺で草を食べ始めた。19 すると、その後から、今度は貧弱で、とても醜い、やせた七頭の雌牛が上がって来た。あれほどひどいのは、エジプトでは見たことがない。20 そして、そのやせた、醜い雌牛が、初めのよく肥えた七頭の雌牛を食い尽くしてしまった。21 ところが、確かに腹の中に入れたのに、腹の中に入れたことがまるで分からないほど、最初と同じように醜いままなのだ。わたしは、そこで目が覚めた。
  22 それからまた、夢の中でわたしは見たのだが、今度は、とてもよく実の入った七つの穂が一本の茎から出てきた。23 すると、その後から、やせ細り、実が入っておらず、東風で干からびた七つの穂が生えてきた。24 そして、実の入っていないその穂が、よく実った七つの穂をのみ込んでしまった。わたしは魔術師たちに話したが、その意味を告げうる者は一人もいなかった。」
  25 ヨセフはファラオに言った。
 「ファラオの夢は、どちらも同じ意味でございます。神がこれからなさろうとしていることを、ファラオにお告げになったのです。26 七頭のよく育った雌牛は七年のことです。七つのよく実った穂も七年のことです。どちらの夢も同じ意味でございます。27 その後から上がって来た七頭のやせた、醜い雌牛も七年のことです。また、やせて、東風で干からびた七つの穂も同じで、これらは七年の飢饉のことです。28 これは、先程ファラオに申し上げましたように、神がこれからなさろうとしていることを、ファラオにお示しになったのです。29 今から七年間、エジプトの国全体に大豊作が訪れます。30 しかし、その後に七年間、飢饉が続き、エジプトの国に豊作があったことなど、すっかり忘れられてしまうでしょう。飢饉が国を滅ぼしてしまうのです。31 この国に豊作があったことは、その後に続く飢饉のために全く忘れられてしまうでしょう。飢饉はそれほどひどいのです。32 ファラオが夢を二度も重ねて見られたのは、神がこのことを既に決定しておられ、神が間もなく実行されようとしておられるからです。33 このような次第ですから、ファラオは今すぐ、聡明で知恵のある人物をお見つけになって、エジプトの国を治めさせ、34 また、国中に監督官をお立てになり、豊作の七年の間、エジプトの国の産物の五分の一を徴収なさいますように。35 このようにして、これから訪れる豊年の間に食糧をできるかぎり集めさせ、町々の食糧となる穀物をファラオの管理の下に蓄え、保管させるのです。36 そうすれば、その食糧がエジプトの国を襲う七年の飢饉に対する国の備蓄となり、飢饉によって国が滅びることはないでしょう。」



 ヨセフの夢について扱う3回目を迎えます。私たちが毎週、説教において聞いていると、最初にヨセフが夢を見た後、兄弟たちにエジプトに売られ、後に投獄されたことが、わずかな時間のうちに起こったように思います。しかし、この間に13年の年月があったことを忘れてはなりません(37:2、46)。非常に長い年月が流れています。
 給仕役の長が夢を見て、それをヨセフが解き明かしてから2年後、ヨセフが30歳になった時、主はヨセフに転機の時を与えられます。この時エジプト王ファラオは、夢を見ます。王が見る夢は、神からの予言と人々は思っていました。ですから王は多くの夢解き師や魔術師を抱えていました。しかしファラオの見た夢に関して、誰一人として、夢を解き明かすことは出来ませんでした。ここに全てのものの支配者であられる主の御力が及ぶ故です。
 この時、例の給仕役の長が、ヨセフとの約束を思い出します(9)。人は、自分が窮地に立てば、一生懸命になり人に助けを求め、そしてそれを解決しようとするのです。しかし、自分の歩みが順調になれば、人のことは忘れてしまうのです。こうした人間的な弱さを、聖書は語ります。しかし同時に、給仕役の長が、自らの過ちをそのまま隠し通すことは出来ず、自らの過ちをファラオの前で公にしなければならなくなります。人に対してある事柄を隠し通したとしても、神には、何一つ隠し立てすることは出来ないのです。
 こうして、ヨセフは、ファラオの前に出ることとなります。今まで、牢獄に入れられていたヨセフにとって、この時「これはチャンスだ」と思ったのではないでしょうか。主は、それぞれの人に、賜物を与えて下さいます。そしてそれを用いることにより、主を証しし、主を誉め讃えることが出来るのです。ヨセフにとっては、夢を解くことがそれです。新たな歩みが始まることを確信したのではないでしょうか。しかしヨセフは、ファラオの前に、悠々と勇んで出て行くことはしません。ファラオの問いかけ(15)に対するヨセフの答えがそのことを物語っています。「わたしではありません。神がファラオの幸いについて告げられるのです。」(16)。牢獄に閉じこめられている時、ヨセフは心の中で様々な思いの葛藤があったことでしょうが、なおも主が共にいて下さることを信じており、また夢を解く能力も主が備えて下さっていることをヨセフは知っていたのです。だからこそ、ファラオの前に立ったことで有頂天となることなく、ヨセフは「神がこれからなさろうとしていることを、ファラオにお告げになったのです。」(25,28)という言葉を繰り返すのです。
 ファラオの夢は二度繰り返されます。これは主の強い意志の表れです。ヨセフはこの時、37章においてヨセフ自身が見た夢のことを思い出していたのではないでしょうか。ヨセフも二度同じ意味の夢を見ていたのです。今まで13年もの間、自由のない身となっているが、主が夢を実行して下さる。そのことを、今、改めて思い返したのだと思います。
 またヨセフは夢を解き明かすことに留まらず、本来ならばファラオの決断であるべき具体的な対処方法まで語ります(33-36)。これは主からヨセフに与えられたもう一つの賜物です。つまり為政者として上に立ち、統治する能力です。このことはヨセフがただ主から与えられた賜物を持っていただけではなく、牢獄の中にいながらいつでも判断することが出来るよう、日々訓練していたことの表れです。これは私たちにも言えるわけです。聖書を読むことにおいても、日頃から考え、聖書を読み取る癖をつけることにより、聖書解釈の能力は、日々鍛えられていくのです。これは、主からの賜物であると同時に、日々の鍛錬が求められることでもあります。そしてこのことは、私たちが何を学ぶにおいても、どの様な仕事を行うにしても言えることです。賜物がある。得意だからということで、何も訓練もしなければ、それを自由に用いることは出来ないのです。
 ヨセフは13年もの間、多くの時間牢獄に入れられ、いつ自由の身になれるのかの焦る時もあったでしょうが、なおも13年前に、主がお与え下さった啓示としての夢を覚え、夢の実現を信じて、日々備え続けてきたのです。私たちに求められているのは、まさにヨセフのような信仰であり、与えられている賜物を用いつつ、日々鍛錬し、備え続けることです。私たちに与えられた約束である救いと神の国を信じつつ、日々、歩み続けましょう。
                                            (2006.4.2)
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