【ヨハネによる福音書連続講解説教】  辻 幸宏牧師

「イエスはどこへ?」  ヨハネによる福音書7章32~36節



ヨハネによる福音書7章32~36節

  32 ファリサイ派の人々は、群衆がイエスについてこのようにささやいているのを耳にした。祭司長たちとファリサイ派の人々は、イエスを捕らえるために下役たちを遣わした。33 そこで、イエスは言われた。「今しばらく、わたしはあなたたちと共にいる。それから、自分をお遣わしになった方のもとへ帰る。34 あなたたちは、わたしを捜しても、見つけることがない。わたしのいる所に、あなたたちは来ることができない。」35 すると、ユダヤ人たちが互いに言った。「わたしたちが見つけることはないとは、いったい、どこへ行くつもりだろう。ギリシア人の間に離散しているユダヤ人のところへ行って、ギリシア人に教えるとでもいうのか。36 『あなたたちは、わたしを捜しても、見つけることがない。わたしのいる所に、あなたたちは来ることができない』と彼は言ったが、その言葉はどういう意味なのか。」




Ⅰ.今しばらく
 主イエスは、祭司長やファリサイ人たちが命を狙っていることを知っていながら、エルサレムに上って来られました。主イエスはユダヤ人として、年に三度行われる祭りの度ごとに都エルサレムに上ることを決して疎かにされなかったのです。人間的な恐怖はあったでしょうが、しかし主イエスは恐れによって彼らから逃げることはされませんでした。
 主イエスは彼らに語られます。「今しばらく、わたしはあなたたちと共にいる」(33)。言い換えれば「今しばらく、あなたたちはわたしを捕らえることは出来ない」のです。主イエスが逮捕され十字架に生け贄として贖われるのは過越祭(春)まで待たなければなりません。今は仮庵祭です(秋)。主なる神さまが定められたご計画があり、今はその時ではないのです。私たちの創造者であり、私たちの救い主である主なる神さまは、時間をもすべて御支配になられ、その時を定めておられます。そのため、彼らは今、イエスを捕らえようと願っていながらも、私たち人間には計り知ることの出来ない神さまのお働きによって、彼らは今、イエスに対して手出しすることができないのです。
 一方主イエスの語られた言葉には、まだ時間があるのだから、今、神の御子メシアである私を受け入れ、信じなさいとの意味合いもあります。つまり神は永遠に存在しておられ、その支配も永遠であり、常に私たちに働きかけておられます。しかし人となられたキリストによる直接的な啓示は限定された時なのです。キリストの知識、救いは、御言葉である聖書・説教を通して、私たちに今示されています。御言葉に啓示されている以上、いつまでも残り、いつでもそれを信じる機会は私たちに与えられています。しかし同時に、今、真剣に耳を傾けて聞き、信じようとしなければ、いつになっても神の啓示を理解しようとすることはないのです。

Ⅱ.神の国を目指した歩み
 キリストは33-34節の言葉を13:33においても繰り返されます。キリストは、父なる神さまによってこの世に遣わされてきました。その方が父のもとに帰られるのです。父なる神の御許、天国に入ることこそが、祝福であり永遠の生命に繋がります。しかし「あなたたちは来ることが出来ない」と語られます。ここにいる祭司長たちやファリサイ派の人々は、主イエスの悔い改めの求めに対して「否」であり、イエスを十字架に架けることに荷担し、主の裁きにあうのです。主のご計画、それは私たちには計り知ることの出来ないことですが、主の御前に罪を犯し続け、かつ悔い改めを求められながらもそれを受け入れない時、主の裁きは明らかになるのです。
 一方、主イエスは次のようにも語られます。16:16「しばらくすると、あなたがたはもうわたしを見なくなるが、またしばらくすると、わたしを見るようになる」(参照:14:19)。これらは主イエスが、弟子たちに語られた言葉です。このことは明らかに、主イエスが十字架の御業の後、天に昇られますが、弟子たちもまた、そこに迎え入れられることを約束して下さっている言葉です。つまり、ユダヤ人たちにとっては、主イエスがどこに行くのか分からないわけですが、主イエスの弟子たちや私たちには、主イエスがどこに行かれるかはっきりと示されているのです。それが父なる神の御許である神の国・天国です。主イエス・キリストを信じるキリスト者は、すべて神の国に入れられ、そして永遠の生命が与えられるのです。地上の生涯は閉じても、魂は直ちに神の国に入り、復活の体が与えられ、神の国における祝福された永遠の生命が与えられる時が来るのです。この時キリスト者は、地上の苦しみからいっさい解放され、罪が赦され、主の祝福に満たされるのです。
 しかし今、私たちはこの世において生活をしています。キリストの十字架の御業は成し遂げられましたが、地上は今なお罪の支配があり世を覆っています。キリストの再臨によってもたらされる神の国の完成の時を待たなければなりません。主イエスはお語りになります。12:35「光は、いましばらく、あなたがたの間にある。暗闇に追いつかれないように、光のあるうちに歩きなさい。暗闇の中を歩く者は、自分がどこへ行くのか分からない」。キリストこそが暗闇を照らす光です。私たちは主イエスを道標として歩まなければならないのであり、だからこそ御言葉によって啓示されているキリストの言葉に聞き従うのです。そして私たち自身が主イエスの御言葉によって生きる時、暗闇の中を歩んでいる人たちが、私たちをとおして光であるキリストを見ることが出来るようになるのです。

                                         (2010.2.7)


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