【ヨハネによる福音書連続講解説教】  辻 幸宏牧師

「あなたがたはみなしごではない」  ヨハネによる福音書14章16~20節



ヨハネによる福音書14章16~20節

  16 わたしは父にお願いしよう。父は別の弁護者を遣わして、永遠にあなたがたと一緒にいるようにしてくださる。17 この方は、真理の霊である。世は、この霊を見ようとも知ろうともしないので、受け入れることができない。しかし、あなたがたはこの霊を知っている。この霊があなたがたと共におり、これからも、あなたがたの内にいるからである。18 わたしは、あなたがたをみなしごにはしておかない。あなたがたのところに戻って来る。19 しばらくすると、世はもうわたしを見なくなるが、あなたがたはわたしを見る。わたしが生きているので、あなたがたも生きることになる。20 かの日には、わたしが父の内におり、あなたがたがわたしの内におり、わたしもあなたがたの内にいることが、あなたがたに分かる。



序.
 今回の震災においても、何百人という震災孤児がうまれました。心を許すことの出来る肉親を失った悲しみは、私たちには計り知ることのできない大きな衝撃であったことかと思います。このような子どもたちに対して、そして私たちに対しても、主イエスは「あなたたちはみなしごではない」とお語り下さっています。主イエスは何を語ろうとしておられるのか、主イエスの御言葉に聞かなければなりません。

Ⅰ.あなたは主イエスと出会っているか
 主イエスは、直後に逮捕され、裁判にかけられ、十字架に架けられていきます。弟子たちは、そのことをはっきりと理解してはいないものの、主イエスが自分たちの前からいなくなることは朧気に分かってきております。弟子たちにとって、主イエスはかけがいのない先生です。弟子たちは家族も仕事も捨てて主イエスに従ってきました(マルコ1:16-20)。弟子たちは主イエスにすべてを託したのです。この主イエスがいなくなるのです。弟子たちにとって、生きる希望・生きる目的が失われる出来事が起ころうとしているのです。それはまさに家族を失い、みなしごとなるのと同じ状況なのです。
 さて私たちは今、主の御前で礼拝に与っていますが、私たちにとって主イエス・キリストは、どの様な存在でしょうか? 弟子たち同様に、本当にかけがいの存在となっているでしょうか? 神の御子イエス・キリストは、誰でもない、あなたのために、神であられながらも、人として遜り肉の体をとって下さいました。地上において、すべての律法をまっとうし、あなたの罪を背負って十字架で苦しみ、死を遂げて下さったのです。本当ならばあなたが背負わなければならなかった十字架を、主イエスが背負って下さったのです。
 「神さまを信じる」と言葉で語ることは簡単であり、「信じれば救われる」と聖書は宣言します。しかし今あなたは、あなたのために十字架に架けられたキリストと出会っているでしょうか? 私たちは十字架の主イエスと出会い、家族以上にかけがいのない存在として、主イエスから離れることに脅えるまでに至っているのかが問われています。

Ⅱ.私たちと共にいて下さる聖霊
 では、主イエスはどのような意味で「あなたがたはみなしごではない」と語られたのでしょうか? 二つのことが語られています。一つは別の弁護者として聖霊が与えられることです(14:16)。私たちは、主イエス・キリストを直接見ることが出来ません。離れています。しかし主は別の弁護者として、聖霊を私たちにお与え下さったのです。私たちは聖霊を直接見ることが出来ません。しかし私たちは、神の御言葉により、キリストによって救いが与えられたことが示され、同時に、聖霊なる神さまが与えられ、今私たちと共にいて下さることが示されているのです。つまり、私たちは救い主イエスが示されているからこそ、聖霊なる神さまが働いておられることを知り、聖霊を通して主なる神さまに祈り求めることが出来るのです。逆の言い方をすれば、聖書によって語られている主イエスの救いの言葉に聞こうとはしない人は、聖霊なる神がいることを信じることは出来ないのです。
 「神さまがおられるかどうか分からない。そして祈っても、すべてが聞き届けられるとも思っていない。祈りが聞き届けられ、夢が実現すれば、ラッキーだ!」。日本人の多くの人々は、このように思っているのではないでしょうか。しかし、あなたが主イエスによる救いを受け入れる時、「この霊があなたがたと共におり、これからも、あなたがたの内にいるからである」と主イエスはお語りになるのです。聖霊がいるのか、いないのか分からないのではなく、聖霊はあなたと共にいるのです。主イエス・キリストがお生まれになられた時、インマヌエル「神はわれわれと共におられる」(マタイ1:23)と呼ばれました。そしてこの主イエスは、十字架の死と復活を経て、天に上られる時に改めて、「わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる」(マタイ28:20)とお語り下さったのです。主イエス・キリストは、聖霊をとおして、今も私たちと共にいて下さるのです。

Ⅲ.わたしはあなたがたの所に戻って来る!
 主イエスが「あなたがたはみなしごではない」と語られた二つ目の理由は、「あなたがたのところに戻って来る」と語られた主イエスの約束です。主イエスはいつ戻って来るのか? 主イエスの復活の時を考えることが出来るが、ここでは直接、顔と顔を合わせて見る時と考えて良いでしょう。つまり、主イエス・キリストは十字架の死と復活・昇天により、弟子たちの前から姿を消されます。そして、私たちも直接主イエス・キリストの御姿を見上げることは出来ません。しかしそれは主イエス・キリストが存在しなくなったのではなく、天におられ、再び降りてこられるのです。その時を私たちは待っているのです。
 だからこそ、わたしたちはみなしごではないのです。そして、別の弁護者としての聖霊をとおして、主イエス・キリストとの交わりにあるのです。

                                     (2011.7.10)

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