【クリスマスの説教】  「真の王イエス」  辻 幸宏牧師



ルカによる福音書2章1〜7節

  2:1 そのころ、皇帝アウグストゥスから全領土の住民に、登録をせよとの勅令が出た。2:2 これは、キリニウスがシリア州の総督であったときに行われた最初の住民登録である。2:3 人々は皆、登録するためにおのおの自分の町へ旅立った。2:4 ヨセフもダビデの家に属し、その血筋であったので、ガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った。2:5 身ごもっていた、いいなずけのマリアと一緒に登録するためである。2:6 ところが、彼らがベツレヘムにいるうちに、マリアは月が満ちて、2:7 初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである。


T.ローマ皇帝アウグストゥスの統治下
 今日の御言葉は、今日の教会学校でも取り上げた御言葉です。教会学校では、子どもカテキズムに従って、救い主イエス・キリストの働きとして、預言者・祭司・王の三職があることを学び、その最後として王としての御子の働きを考えてきました。ですから今日は、教会学校と同じ切り口として、クリスマスにお生まれになった御子が、真の王であるとの視点から、考えてみたいと思います。
 私たちの住んでいる日本も為政者が国を治めています。そして、聖書の時代のイスラエルにはヘロデ大王が統治していました。しかし同時にローマの属国となっており、ローマ皇帝アウグストゥスの統治下にありました。ヘロデ王の統治下ではローマも支配することが出来なかったのですが、ヘロデ王の晩年、ローマが実質的な支配をするにまで至っていたのです。ローマは、アウグストゥスが皇帝に就いて以来、飛ぶ鳥を落とす勢いで、地中海全域を支配し、世界の覇者となっておりました。
 皇帝が全住民に住民登録の命令を命じます。2つの狙いがあり、@人頭税のため、A兵士確保のためです。今なお、世界のどこかにおいて戦いが絶え間なく行われ、自らの支配を広げようとしています。本来、国を治める者の働きとは、国民の生命・生活を保障することです。しかし現実には、国民のことは二の次・三の次となり、第一に行うことは自らの支配が揺るぎないものになるための政治であり、住民登録も、そのひとつです。

U.為政者の命令に翻弄される民
 一方、支配者の下にあり、住民登録をすることが出来る人々は、人間として受け入れられ、義務と権利が与えられます。住民登録すら求められない人々もいたからです。しかし同時に、支配者の一方的な命令により翻弄させられ、苦難をも強いられます。
 そうした中、ヨセフとマリアもナザレからベツレヘムに旅立ちます。皇帝の命令は、身重であるとかこちらの都合など容赦なしです。歩いて5日程かかる距離であります。いつ赤ちゃんが産まれるか分からない中、泊まる宛てもなく、旅に出ることが求められました。若さだけでは対応しきれない不安と恐怖もあったことでしょう。聖書は、彼らがベツレヘムに着いた時、泊まる宿屋が全くなかったことのみを記します。マリアとヨセフは、おそらく洞穴にある馬小屋に宿を取ります。
 マリアはそこで出産を迎えます。旅による過労と泊まる宿がないことによる心労も重なって、マリアの出産は、予定よりも早まったのではないでしょうか。通常、貧しい人々でも、自らの住んでいる場所であれば、出産を迎えて手伝って下さる人、励まして下さる人もいるでしょう。しかし、マリアには、そうした人たちは全くいませんでした。ここに、地上を治める皇帝によって翻弄された若い夫婦の苦しみがあるのです。

V.御子の支配
 しかし、聖書はこの最も蔑まされた場所においてお生まれになられた方こそが、私たちの救い主であると宣言します。お生まれになられた幼子をお祝いするために、住民登録すらすることの許されなかった羊飼いたち(2:8-21)、異邦人である東方の博士たち(マタイ2章)、また信仰深く救い主を待っていたシメオンと女預言者アンナ(ルカ2:22-38)が、幼子を祝福し、神を讃美いたします。彼らに社会的接点はありません。ユダヤ人と異邦人、主を信じている者・主を知らない者、身分の高い人・人の数にも数えられない人もいます。またヨセフやマリアが素晴らしかったわけでも何でもありません。まだ若く、名もない貧しい二人でした。ただ集まった人々に接点があるとすれば、この産まれたばかりの幼子によって救いが与えられ、天上の祝福に満たされ、導かれて幼子の祝福に訪れたことです。
 そして、ここには王の支配も権力も及びません。いや、王は支配を誇示するため幼子の命を狙いますが、幼子も東方の博士たちも王から守られます。ここに地上の王の支配は及ばない別の支配があることを聖書は語るのです。これこそが主なる神さまの御力です。
 クリスマスの夜に、人間的には人々から見放され、馬小屋の中で、蔑まされた状態でお生まれになった幼子ですが、地上を治める皇帝や王ですら権力を及ぼすことの出来ないお方です。いやこの幼子こそが、私たちを罪の死から救い出すために、十字架のお架かり下さるために、この世にお生まれ下さった王の王、主なる神の御子です。この神の御力は、全ての人々に及びます。生きる時代、地位が異なっても、この御子を救い主として信じる者は、御子の十字架の御業の故に救いに導かれてるのです。
 地上の支配者は、自らの力を誇示するために、武力を誇り、人々に命令を下します。しかし、彼らはキリストの再臨の時、キリストによって裁きを受けます。だからこそ、私たちは為政者たちに無批判に従ってはなりません。私たちが従うべきお方は、主なる神さまのみです。為政者に従うのは、主の御言葉に従った上であり、そこを離れてまで為政者に従うことを行ってはなりません。
 マリアとヨセフ、羊飼い、博士たち、シメオンと女預言者アンナが主なる神さまによって一方的に集められ、主の一方的な恵みに満たされたように、私たちも、主によってこの場に集められ、救いと永遠の生命が与えられているのです。


                                              (2008.12.14)


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